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麒麟がくる

2021年2月 7日 (日)

麒麟がくる 最終回 「本能寺の変」

天正十年(1582年)五月。

安土供応の場。

膳が違うと言って光秀を足蹴にした信長。

 

別室。

屈辱に打ち震える光秀。

そこに現れた信長。

意外にも上機嫌で、あれこれ言うたが気にするな、

家康があの場でどう出るか様子を見ておきたかったのじゃと信長。

招かれる者がそなたを供応役に名指しするなど礼を失しておる、

それを思い知らせてやった、

それよりもそなたには一刻も早く西国に行ってもらいたいと信長。

近習に絵図を持ってこさせて前に広げ、

秀吉が文を持たせて来てな、四国に長宗我部元親なる大名が居ては毛利を攻めにくい、

長宗我部は毛利攻めに乗り気で無く、秀吉に与せぬばかりか背後を衝かれるおそれがあるというと信長。

それは言い掛かりというものでございます、長宗我部殿は身内同然の付き合いがあり、

信長様を大変うやもうております、秀吉殿の背後を衝くなどという事はと光秀。

わしは決めたのじゃ、三男の信孝を讃岐に向かわせると信長。

そのような大事な話を私に一度もなさらずと光秀。

そなたは丹波に居たゆえ言うのが遅れたと信長。

毛利攻めについてじゃが、そなたにはやってもらいたい大事な事がある、

秀吉は目下備中の高松城を攻めておるが、

そなたの軍は船で備後の鞆へ向かえと信長。

鞆へ?と光秀。

鞆に居る足利義昭を殺せと命じる信長。

慄く光秀。

毛利が戦の大義名分としておるのは、己の手の中に足利将軍が居るからじゃ、

将軍が居る限りわしの戦は終わらぬ、その事がよう判ったと信長。

将軍を殺せ、それがそなたの此度の役目じゃと繰り返す信長。

呆然とする光秀。

 

京に向かって馬を走らせる光秀。

回想。信長が居る京には戻らぬ、ここで鯛を釣っていれば殺される事は無いからなと笑う義昭。

そなた一人の京であれば考えもしようと義昭。

 

京、光秀の館。

出迎えた左馬助。

坂本城は如何でしたかと左馬助。

伝吾に命じて四千程の兵を集めてあると光秀。

やはり主力は丹波勢となりますかと左馬助。

無言でうなずき、左馬助を部屋の中へと誘う光秀。

わしは家康殿の供応役を解かれた、いきさつは聞いたかと光秀。

あらましはと左馬助。

鞆におられる公方様を討てと命じられた、わしにはそれは出来ぬと光秀。

急ぎ細川藤孝殿にお会いしたい、今はいずこに居られると光秀。

先日来、ご子息の忠興殿と一緒に京にご滞在でござますと左馬助。

 

御所。

公家たちと蹴鞠に興ずる藤孝。

そこに現れた前久。

藤孝に、聞いたか、安土で家康の供応役を明智が解かれたそうじゃ、

不調法があったという話だが、すでに信長と明智の間には隙間風が吹いているというと前久。

左様でありましたかと藤孝。

松永久秀や佐久間信盛の例もある、万が一信長殿が明智を切り捨て事を構えるとなると、

そなたはたちまちどちらに付くと前久。

そううならぬ事を祈るほかありませぬと藤孝。

 

伊呂波太夫の家。

へえ、明智様がそんな酷い仕打ちをされたのですかと太夫。

明智は良く我慢していると皆噂しているそうじゃ、

いつ信長殿に背いてもおかしくないと前久。

背けば良いのですよと太夫。

気楽におっしゃいますがね、信長殿に刃向かって勝った者は一人も居ないのですよと前久。

そんな事を言っていたら、世の中何も変わらないじゃありませんかと太夫。

しかたがありますまいと前久。

私は明智様に背いて欲しい、信長様に勝って欲しい、明智様に五万貫全てを掛けてもいいと太夫。

 

光秀の館。

一人絵図面を前に佇む光秀。

回想。

将軍を殺せと信長。

私に将軍をと光秀。

そなたと戦の無い世の中を作ろうと話しをしたのはいつの事だった、十年前か、十五年前かと信長。

そなたと二人で営々と戦をしてきた、将軍を討てばそれが終わる、

二人で茶でも飲んで暮らさないか、夜もゆっくり眠りたい、

明日の戦の事も考えずに、子供の頃のように、長く眠ってみたいと信長。

私には将軍は討てませぬと光秀。

回想終わり。

 

そこにやって来た藤孝、忠興、たまの三人。

仲睦まじい忠興とたま。

藤孝殿と話があると二人を下がらせた光秀。

此度の西国攻めでは上様が直々に出陣なされるため、京の本能寺に入り万端手はずを整えられると光秀。

出陣は来月四日と伺っておりますと藤孝。

それゆえ我ら丹波の衆は、上様の御下知あり次第西国に向かう事になると光秀。

此度は私は丹後に止まり、忠興を総大将として出陣させる所存と藤孝。

それはよろしうごさると光秀。

さて、つかぬ事を伺うが、上様は西国攻めと共に、

備後の鞆に居られる公方様と幕府の残党を一掃したいとのご意向があるとの事、

上様より御下知はありましたかと藤孝。

御下知はあったが私はお断りしたと光秀。

息を飲む藤孝。

まずは毛利を倒せば良い、公方様の扱いはその後考えれば良いと光秀。

それで、上様はご納得いたされましたかと藤孝。

再び説得いたし、ご納得いただくと光秀。

うまくいきましょうか、上様はあの御気性と藤孝。

以前藤孝殿は、殿の行き過ぎをお止めする折は私も声をそ揃えて申し上げる覚悟があると言われた、

今でもそのお覚悟はおありかと光秀。

覚悟とは、どれ程の覚悟でございましょうと藤孝。

覚悟に果てはございませぬと光秀。

じっと光秀を見据える藤孝。

 

屋敷を辞し、町を歩く藤孝一行。

家臣に命じて、急ぎ秀吉殿に使いを出せ、何も起こらぬと良いが、起こるかも知れぬと伝えよと藤孝。

 

光秀の館。

回想。

力ある者は皆あの月へと駆け上がろうとするのじゃ、数多の武士達があの月へ登るのを見て参った、

そしてみな、この下界に帰って来る者は居なかった、

信長はどうか、信長が道を間違えぬようしかと見届けよと帝。

苦悩する光秀。

 

思い出すとは忘るるか、思い出さずや忘れねば

と唱いながら薬を摺るたま。

そこにやて来た光秀。

良い歌だなと光秀。

忠興様が戦から帰られるといつもおっしゃいます、

わしが居ない間はわしの事など忘れているのであろう、

いいえ、いつも思い出しておりますとお答えするとわざとこの歌を唱われるのですとたま。

忠興殿は面白い旦那様だなと光秀。

良いお方ですとたま。

そういうお方が戦に出ずとも良いようにせねばならぬなと光秀。

きっとそなたの父がそういう世を作ってくれると忠興様はいつも言われますとたま。

微笑する光秀。

嫁に行く前は父上が戦でお亡くなりになったら、私も後を追おうと思うておりました、

今は忠興様と共に生き死ぬのだと、命が二つあれば良いのにと思いますとたま。

命は一つで良い、そなたは忠興殿と長く生きよ、

そのためにわしは戦ってみせると光秀。

不安げに光秀を見つめ、父上、長く生きて下されませとたま。

微笑みながら頷く光秀。

 

雨の日、御所。

帝に拝謁する前久。

織田と明智がさほどの仲となったかと帝。

今日参内いたしましたのは、双方が朝廷に力を貸して欲しいと言ってきた時、

お上はどちらを選びあそばされるか御意を承りたくと前久。

花を見、河を渡り、己の行くべきところへ行く者を、ただただ見守るだけぞ、

見守るだけぞと繰り返す帝。

 

天十年五月末、丹波に入った光秀。

愛宕山。

愛宕神社に参籠する光秀。

回想。

殿は多くの間違いを犯しておられます、帝の御譲位の事、家臣のたちの扱い、

始めてお会いした頃、殿は海で釣った魚を浜辺で安く売り、多くの民を喜ばせておられた、

名も無き若者たちを集め、家臣とされ大事に育てておられた、

心優しきお方、人の心が判るお方と思うておりました、

しかし、殿は変わられた、戦の度に変わって行かれたと光秀。

じっと光秀を見下ろす信長。

回想。

毒を盛る、信長様に、今の信長様を作ったのは父上であり、そなたなのじゃ、

その信長様が一人歩きを始められ、思わぬ仕儀となった、

万、作ったものがその始末をなすほかあるまいと帰蝶。

回想。

わしを変えたのは戦か、違う、

乱れた世を変え、大きな国を作れと背中を押したのはだれじゃ、そなたであろう、

そなたがわしを変えたのじゃ、

今更わしは引かぬ、そなたが将軍を討たぬと言うのならわしがやる、わしが一人で大きな国を作り、

世を平らかにし、帝をもひれ伏す万乗の主となると信長。

呆然と信長を見つめる光秀。

脳裏に蘇る光る樹。それに斧を振り下ろす光秀。

回想終わり。

ついに決意した光秀。

 

京。

五月二十九日、わずかな供回りと共に本能寺に入った信長。

 

丹波、亀山城。

先日は愛宕山で夜を過ごされたそうで、愛宕権現は戦神、目出度きお告げはございましたかと利三。

あったと光秀。

毛利を一気に打ち破り、殿の武名がさらにとどろき渡るとのお告げではございませぬかと伝吾。

昨日まではそうであったが、お告げが変わった、我らは備中へは行かぬ、京へ向かうと光秀。

京へ?と伝吾。

京のいずこに参りますと利三。

本能寺と言って立ち上がり、我が敵は本能寺にある、

その名は織田信長と申すと光秀。

信長様を討ち、志ある者と手を携えて世を平らかにする、それが我が役目と思い至ったと光秀。

太刀を抜いて三人の家老たちの前に置き、

誰でも良い、わしが間違おうておると思うのなら、この太刀でわしの首を刎ねよ、今すぐ跳ねよと光秀。

殿、皆、思うところは同じでございますぞと利三。

同意でございますと頭を下げる利三、伝吾、左馬助。

 

本能寺。

囲碁に興じている信長。

宗室、そなたならどう打つと信長。

そこに当てますると宗室。

違う、違う、その手ではつまらぬと信長。

 

亀山城。

文を書いている光秀。

そこに現れた菊丸。

家康殿の使いかと光秀。

今、我が殿は堺に居られますが、お側付きを解かれ、

以後十兵衛様をお守りするよう命じられて参りましたと菊丸。

文を手に立ち上がり、

此度わしが向かうところがどこであるか存じているのかと光秀。

おおよそはと菊丸。

わしはこの戦はしょせん己一人の戦と思うておる、

ただこの戦に勝った後、何としても家康殿のお力沿いを頂き、共に天下を治めたい、

二百年も三百年も穏やかな世が続く政を行ってみたいのだと光秀。

はい、と菊丸。

もし、わしがこの戦に敗れても、後を頼みたいと、そうお伝えしてくれと光秀。

今、堺に居られるのは危ういやもしれぬ、急ぎ三河にお戻りになるが良い、

菊丸もここから去れ、新しき世になった折、またあおうぞと光秀。

わしからの一生に一度の願いだ、必ず届けよと言って、家康宛の文を手渡す光秀。

はっ、と立ち去る菊丸。

 

六月一日夜、亀山城を出立した明智軍。

回想。

私は麒麟を呼ぶ者があなたであったなら、ずっとそう思うておりましたと煕子。

 

夜の行軍を続ける明智勢。

 

本能寺。

寝所へと向かう信長。

 

備中。

秀吉の本陣。

藤孝からの文を読み、震える秀吉。

細川藤孝様からの伝言じゃ、明智様が信長様に刃向かう恐れがあると言う、

と言いながら官兵衛に文を手渡す秀吉。

やれば良いのじゃ、明智様が上様を、やれば面白い、

官兵衛、こりゃ毛利など相手にしている場合ではないぞ、高松城をさっさと片付けて帰り支度じゃと秀吉。

はっ、と立ち去る官兵衛。

明智様が天下をぐるりと回してくれるわいと一人ごちる秀吉。

 

行軍を続ける明智勢。

寝床に入った信長。

 

天正十年六月二日、早暁。

本能寺を取り囲んだ明智勢。

 

馬上で太刀を抜き、掛かれと下知を下す光秀。

えいおうえい、と攻めかかる明智勢。

 

信長の寝所。

馬のいななきで目を覚ました信長。

廊下を行く信長に、軍勢がここを取り囲んでおりますと注進する蘭丸。

いずこの軍勢じゃと信長。

障子を開け、水色桔梗の旗印を見た信長。

明智殿の軍勢かと蘭丸。

十兵衛かと旗印の山を見渡す信長。

そこに放たれた矢。

肩に矢が刺さった信長。

信長の盾になり、倒れていく小姓たち。

奥の部屋へと逃れた信長。

 

十兵衛、そなたがと信長。

そうか、はっはっはっ、十兵衛か、はっはっはと笑う信長。

肩の血を拭って嘗め、

であれば是非もなしと信長。

肩の矢を折り、槍を手に蘭丸と共に引き返した信長。

 

門前でじっと戦況を見つめる光秀。

 

鉄砲を放ち、堂内に攻め込む明智勢。

自ら槍を持ち戦う信長。

信長と共に戦う蘭丸。

 

乱戦となっている境内。

軒下に出て、自ら矢を放つ信長。

襲いかかる明智勢を槍で迎え撃つ信長。

槍が折れ、太刀を抜いて奮戦する信長。

やがて右手に傷を負った信長。

信長を貫く銃弾。

ついに抵抗を諦め、蘭丸と共に奥へと入っていく信長。

後を追う明智勢。

 

傷だらけとなりながら一室に入り、

わしはここで死ぬ、蘭丸ここに火を付けよ、わしの首は誰にも渡さぬ、わしを焼き尽くせと障子を閉めた信長。

 

やがて火の手が上がった本能寺。

場所はいずこじゃ、奥書院のあたりかと明智勢。

 

回想。

明け方の海を渡ってくる若き日の信長。

 

名古屋城で、明智十兵衛と名乗った光秀。

 

燃えさかる部屋の中で回想にふける信長。

今川を倒し、次は何をなさると光秀。

美濃の国を獲ると信長。

その後はと光秀。

 

光秀の回想。

大きな国ですと光秀。

部屋の中をぐるりと周り、これくらいかと信長。

はいと光秀。

笑い合う二人。

 

燃えさかる本能寺。

じっと見据える光秀。

 

燃える部屋の中でつっぷしている信長。

 

何度も息を飲む光秀。

 

東庵の家に駆け込んできた太夫。

 

本能寺で戦がと驚く東庵。

明智勢が攻め込み、寺が焼けているそうですと太夫。

本能寺と言えば、確か織田様がおいでのはずと東庵。

明智様が、御主君をと絶句する東庵。

目を閉じ、手を握りしめる駒。

 

本能寺。

灰を手にする光秀。

回想。

その人は麒麟を連れてくるんだ、麒麟というのは穏やかな国なやって来る不思議な生き物だよって、

それを呼べる人が必ず来る、麒麟が来る世の中をと駒。

 

本能寺。

焼け跡を見つめる光秀。

この焼け方では髪の毛一本見つかりますまいと左馬助。

坊主どもは間違いなくここで腹を召されたと伝吾。

二条御所の信忠様も、同じく火の中で御最期の由、如何なされますと利三。

今少し掘り返して検分いたしますかと伝吾。

いや、もうよかろう、引き上げようと光秀。

 

門前で馬に乗る光秀。

そこに現れた太夫。

きっとこうなると思っていましたよ、帝もきっとお喜びでしょう、

明智様なら美しい都を取り戻してくれると太夫。

美しい都、それは約束する、

駒殿に伝えてもらえぬか、必ず麒麟が来る世にしてみせるとと光秀。

きりん?とけげんそうな太夫。

そう言っていただければ判る、麒麟はこの明智十兵衛光秀が必ず呼んでみせると光秀。

 

天下を取った光秀。

 

為す術のない勝家。

沈黙を守った藤孝、順慶たち。

三河へと伊賀越えで戻る家康。

 

六月十三日、西国から思わぬ早さで戻ってきた秀吉に敗れた光秀。

 

三年後、天正十三年。

内裏。

帝と囲碁を打っている東庵。

世の中も双六と変わりませぬのう、一歩先が見当付きませぬ、

羽柴秀吉様が天下を制しているのは判りますが、まさか関白におなりになるとはと東庵。

これまでも、力ある武家の棟梁が立ち上がっては世を動かし、去って行く、

世が平らかになるのはいつの事であろうと帝。

ふっふっふっと笑う東庵。

 

備後、鞆。

義昭に会いに来た駒。

よう参ったなと義昭。

公方様にもお変わりございませんかと駒。

ない、日ごとこうして釣りに明け暮れていると義昭。

これからいずこへ参ると義昭。

高山城の小早川様のところで堺衆が茶会を催す事になり、

私どもの丸薬を沢山収めさせて頂いておりますのでご一緒にと駒。

小早川?、あんな男と茶を飲むのか、

あれは毛利一族の中でも真っ先に秀吉と手を握った世渡り上手じゃ、まるで志の無い男じゃと義昭。

微笑する駒。

世を正しく変えようと思うのは志じゃと義昭。

わしは大嫌いであったが信長にはそれがあった、明智十兵衛にははっきりとそれがあったと義昭。

ご存じでございましょうか、十兵衛様が生きておいでになるという噂をと駒。

何?と義昭。

私も聞いて驚いたのですが、実は密かに丹波の山奥に潜み、

いつか立ち上がる日に備えておいでだと言うのですと駒。

まことか?と疑わしげな義昭。

釣りに出かける義昭。

行ってらっしゃいませと駒。

また会おうぞと義昭。

 

賑わう町の雑踏を歩く駒。

ふと目にとまった牢人風の男の横顔。

十兵衛様と呼びながら後を追う駒。

町外れで忽然と消えた男の姿。

十兵衛様とつぶやく駒。

 

荒野を馬で駆けていく光秀。

 

完。

 

「今回はとうとう最終回、本能寺の変が描かれました。光秀を決意させたのは万乗の主となると言った信長の不遜な言葉、このままでは麒麟は来ない、ならば自分で呼ぶしか無いという思いでした。しかし、秀吉によって行く手を遮られ、麒麟を呼ぶことは出来ずに終わります。では秀吉が呼んだのかと言うとそうでもなく、正親町天皇はいつになったら平らかな世になるとつぶやきます。結局のところ光秀の志を受け継いだ家康が麒麟を呼んだという事になるのでしょうか。」

「このドラマでは本能寺の変に絡む様々な説が盛り込まれていました。朝廷が関与したという説、光秀の個人的な怨恨説、最後に少しだけ出てきた四国問題説、義昭に政権を返すためだとする説、さらには光秀自らが書いた藤孝への手紙にある忠興たちの世代に受け継がせるためという説など様々な要素が散りばめられていました。最後には光秀生存説まで出てきました。」

「信長はやはり光秀を頼りにしていたのですね。光秀を足蹴にしたのも家康を試すため、あるいは光秀を取られそうに思った嫉妬のためだったのかも知れません。それも光秀に対する甘えがあったからなのでしょうね。自分がここまで来たのは他ならぬ光秀に背を押されたからと信長は判っていました。その信長が光秀から離れて月に登ろうとしたとき、光秀は信長を見限り自ら麒麟を呼ぼうと決心をしたのでした。」

「信長が自ら神になり天皇を超えた存在になろうとしたという説は、ルイス・フロイスの書簡にある記述を根拠にしています。まず京都馬揃え式の後フロイスが天皇に拝謁しようとしたとき、信長は自分が王であり朝廷であるからその必要は無いと言ったと記されています。また、安土城にある総見寺に盆山という石を置き、これを信長と思って参拝する様に皆に強制したともあります。さらに自らを仏法の敵、第六天魔王と名乗ったという話もフロイスによって伝えられていますね。」

「これらとは別に、安土城の発掘調査の結果出てきた本丸御殿の跡が御所の清涼殿そっくりであった事から、誠仁親王が天皇になった暁には天皇を安土城に住まわせ、自らはそれを見下ろす天主に住まい、天皇をも凌駕する存在になろうとしていたと説く論者も居ます。」

「ドラマではこうした説を下敷きにして万乗の主となるという台詞につなげたのでしょうね。しかし、ドラマでは正親町天皇は傍観者に徹し、光秀の後見となろうとはしませんでした。光秀もまた天皇の言葉を聞いた事に感動はしていましたが、天皇を守るために立ち上がったのではなく、そんな不遜な態度では万民が付いてこない、麒麟は呼べないと判断して信長を倒したのでした。」

「最近の研究では信長は朝廷を否定していたのではなく、むしろ協調していこうとしていたと見る説が有力です。信長は旧時代の破壊者ではなく、むしろ従来の秩序を重んじていたという見方ですね。朝廷は対立軸ではなく、自らの権威の正当性を保証してくれる存在でした。政治の実権は信長が握っているものの、それを裏付けてくれるありがたい存在が朝廷というものだったという考え方ですね。」

「本能寺の変の原因については様々な説がありますが、現在のところ背後に黒幕が居たとする説はほぼ否定されています。朝廷黒幕説、イエズス会黒幕説、果ては家康や秀吉黒幕説なんていうのもありますけどね、光秀が誰かに操られていたという見方は主流では無く、光秀個人の判断に依るものという考え方が大勢を占めています。」

「では個人的動機だとして何がそうさせたかについては、未だに新説が唱えられている状態ではっきりしません。最近有力なのは四国問題説で、四国の覇者である長宗我部氏は織田家と同盟関係にあり、その申し継ぎ役が光秀でした。光秀と長宗我部氏は家老の斉藤利三を通じて遠い縁戚関係にあり、光秀は織田家家中にあっては四国通を自負していたのですね。ところが、長宗我部氏に圧迫された三好氏が織田家を頼ると信長は態度を一変し、長宗我部氏を敵視し始めるのです。この事について光秀は蚊帳の外に置かれており、申し継ぎ役の面目は丸つぶれでした。光秀はなおも長宗我部氏を説得し織田家に服属するよう調停しますが、これを長宗我部氏が受け入れたタイミングで信長は四国征伐を決定してしまいます。これにより、決定的に面目を失うと同時に自らの前途を悲観した光秀が、信長を討つ決意をするに至ったというのですね。」

「また、最近発見された文書により、光秀は義昭に政権を返すために本能寺の変を起こしたという説も有力となっています。この様に新しい資料が発見される都度に新しい説が唱えられるというのが実情で、決定打はまだありません。私的には四国問題も含めて、織田家の外様として神経をすり減らしていた光秀が、疲れ果てた末に前途を悲観し、現状打破のために信長を討ったという説に魅力を感じています。この説では光秀の妹で信長のお気に入りの側室であった御妻木殿が本能寺の変の前年の八月に亡くなっており、織田家との紐帯が切れてしまったという側面も語られています。」

「ドラマに戻って、前半では凝った戦闘シーンが満載で、本格的な大河ドラマが戻ってきたという印象でした。しかし、後半に入るとコロナ禍の影響でしょう、戦の描写はほぼ無くなり、心理描写が中心となって行きました。時節柄仕方が無いとは言え、この点が残念でしたね。でも光秀をはじめ信長や帰蝶、秀吉などに新しい光を当てて描いて見せたのは面白かったです。特に松永久秀を従来とは全く違う描き方をし、ストーリーの上でも重要な役割を持たせたのは特筆ものですね。」

「創作上の人物である駒や伊呂波太夫、東庵、菊丸といった存在もストーリー上邪魔にならず、物語を膨らませていたのも良かったですね。中でも伊呂波太夫という狂言回しに持たせたストーリー性は、真実味があって興味深かったです。」

「ただ、あまりにも省略が多すぎて、唐突過ぎる展開があったのは気になったところです。荒木村重などはその典型ですね。岸が荒木の義父と言ったあたりは、良く判らない人が多かったんじゃないかしらん。他にももう少し丁寧に描いて欲しかったというところは散見されました。なお、岸は史実では荒木家から離縁されたあと左馬助の妻となっています。これが省略されたのはなぜなのかな。」

「この明智光秀という謎の多い人物を四十五週に渡って描いて見せてくれたこのドラマはとても楽しいものでした。光秀はただの裏切り者ではないというところは描ききれたんじゃないかな。ただ、誰も麒麟を呼べなかったのは消化不良の様な気がします。まあ、家康の天下まで行くのは無理があるというものですが。」

「最後になりましたが、私のレビューにお付き合いして頂きありがとうこざいました。毎回長い文章なのに読んで頂けたのは嬉しい限りです。一年を通じて光秀という人物に寄り添ってきましたが、とても楽しい作業でもありました。なんだか今でも京都に行けば光秀に出会える様な気さえしています。面白いドラマを見せて頂いた事に感謝を込めてまとめとさせて頂きます。」

参考文献
「明智光秀・秀満」「明智光秀と本能寺の変」小和田哲男、「図説明智光秀」森祐之、「ここまでわかった 明智光秀の謎」歴史読本、「明智光秀」早島大祐、「本能寺の変」藤田達生、「信長研究の最前線1、2」日本史資料研究会

2021年1月31日 (日)

麒麟がくる 第四十三回「闇に光る樹」

天正七年(1579年)夏。

丹波平定。

降伏してきた波多野兄弟に命の保証をし、安んじて安土に行かれよと諭す光秀。

 

安土城。

諸将が居並ぶ前で丹波、丹後平定をねぎらう信長。

光秀の前に置かれた三つの瓶。

中に入っていたのは波多野兄弟の首でした。

愕然とする光秀。

上機嫌で皆に回せと言う信長。

信盛、秀吉を叱責する信長。

 

廊下。

藤孝と歩く光秀を呼び止めた秀吉。

信長に呼ばれて奥の間に行った光秀。

後に残った藤孝を部屋の中に誘い、

帝の御譲位はいささかやりすぎ、前久様は如何おおせでと秀吉。

不承知と藤孝。

でございましょう、近頃上様は何か焦っておられる、そうお思いではありませぬかと秀吉。

 

奥の間。

光秀に従五位上の官位を授けようと信長。

私などはと光秀。

大名達はみなこの官位をほしがる、喜べと信長。

上様は右大臣と右大将を辞されたではありませんかと光秀。

帝が下された位故と信長。

しかし、春宮に下されたとなれば話は別、喜んで受けよう、

そなたもこの官位を春宮から受ければ良いのじゃと信長。

どうあっても春宮への御譲位をと光秀。

その手始めとして二条に新たに作った館に春宮にお移り願い、

そこを御所としたいのじゃと信長。

それは、と絶句する光秀。

その御所替えの奉行をそなたと藤孝にやってもらう、

近頃御所と親しいそうゆえ適任だと思うぞと信長。

 

京、若宮御殿。

春宮に明日二条館へお移り願いたいと奏上する光秀と藤孝。

何事にもせわしのない男よのうと誠仁親王。

 

廊下。

やはりこれは間違っている、止めてくると光秀。

今は事を荒立てるべきではない、

帝がこれをどう思われているかを知る事が大事と藤孝。

信長に折檻を受けた事を思い出し、何かが変わったと光秀。

 

11月。

新しい御所に移った春宮。

 

三条西家の館。

ここのじいさんが亡くなったとたんこれですかと太夫。

仕方がなすろう、じいさまも所詮信長の力を頼りにされていたと前久。

幕府があった頃は御所の塀も直せぬ有様だった、

それに比べればとりあえず公家も大事にしてくれているしなと前久。

駄目駄目、世の中公家だけじゃない、武家だけでもない、百姓や商人や、

伊呂波太夫の芸人も居るのです、みんなが良いと思える様なと太夫。

私も幕府に長年勤めていた者として耳が痛い、

我が殿なら天下一統がなり、世が治まると思うたが、一向に戦が収まる気配が無い、

己の力不足と思うしかないと藤孝。

そう思うならなんとかして下さいよと太夫。

信長様が頼りにならないのなら、帝は誰を頼りにすれば良いのです、前様と太夫。

目下のところ、やはり明智でしょう、明智なら信長も一目置いていると前久。

私もそう思いますと藤孝。

しかし、村重が裏切った時、明智様は備後の鞆まで行き、義昭様に会いに行かれた、

そのことについて秀吉は私に不満をぶつけてきた、

明智様は我々が切り捨てた将軍にまだ頼ろうとしているのかと、

武家の棟梁は足利将軍、その思いはまだわしの中にも残っている、

しかし、百姓上がりの秀吉には判らぬのだ、それもよう判ると藤孝。

秀吉というお方は本音は武士が大っ嫌いだと聞いた事があります、

それゆえ公家贔屓だと太夫。

 

天正八年(1580年)四月。

大坂本願寺を明け渡した顕如。

 

信盛を追放した信長。

 

闇夜に光る巨木。

その木を切り倒そうとする一人の武士。

 

はっと目覚めた光秀。

 

東庵の家を訪ねた光秀。

先日帰蝶様にお会いしました、目を患われているとの事で、

その道に詳しい曲直瀬という医者に診て貰うためおいでになったと東庵。

 

縁側。

少しお疲れの様子ですねと駒。

寝不足だろうと光秀。

このところ毎日同じ夢を見て目が覚めてしまう、

月にまで届く大きな樹を伐るゆめなのだ、

見るとその樹に登って月に行こうとしている者が居る、

どうやらそれは信長様のようだ、

昔話で月に登った者は二度と帰らぬと言う、

私はそうさせまいとして樹を伐っている、

しかしその樹を伐れば信長様の命は無い、わしは夢の中でその事を判っている、

判っていてその樹を伐り続ける、このまま同じ夢を見続ければわしは信長様を、

嫌な夢じゃと光秀。

 

宗久の館。

帰蝶を尋ねてきた光秀。

目の病とお聞きいたしましたがと光秀。

日暮れ時となると見るものすべてがほんやりとして定かでなく困る、

近頃はこの目のせいか何事もせわしなく感じられると帰蝶。

それは私も同じと光秀。

昔、父の道三があれこれ思い惑い、じたばたして生きているのを見て、

良い年をしてと笑っておったが、皆おなじじゃなと帰蝶。

帰蝶様は御気性が父道三様によう似ておられると美濃の衆から聞いた事がございますと宗久。

そうやも知れぬ、父もようそう申されていた、お前が男であればわしに瓜二つじゃと帰蝶。

それゆえ帰蝶様のご意見を聞きとうごさいます、道三様ならこれをどうされるかと光秀。

では父に成り代わって答えよう、なにを聞きたいと帰蝶。

茶を点てている宗久に目配せをする光秀。

今や織田家随一の御大名が、帰蝶様を道三様に見立ててのお話とは、聞きたくもあり、聞きたくも無し、

私はあちらの部屋で耳を塞いでおりましょうと出て行く宗久。

信長様のことであろう、想像が付く、長年仕えた佐久間を追い払い、

ほかの重臣たちもわずかのとがで罰せられ、帝に御譲位までもと帰蝶。

道三様ならばどうなされますと光秀。

毒を盛る。信長様にと帰蝶。

胸は痛む、我が夫、ここまで共に戦こうてきたお方、

しかし父上なら、それで十兵衛の道が開けるなら迷わずそうなされるであろうと帰蝶。

道三様は、信長様と共に大きな新たな国を作れと申されました、

信長様あっての私なのでございます、

そのお人に毒を盛るのは己に毒を盛るのと同じと存じますと光秀。

あのとき、父上は私に織田家に嫁げと命じられ、そなたもそうしろと、

私はそう命じた父上を恨み、そなたを恨んだ、行くなと言って欲しかった、

あのとき事は決まったのじゃ、

今の信長様を作ったのは父上であり、そなたなのじゃ、

その信長様が一人歩きをされはじめ、思わぬ仕儀となった、やむを得まい、

万、作った者がその始末を付けねばなるまい、これが父上の答えじゃと帰蝶。

帰蝶様はその父上の答えをどうお思われになりますかと光秀。

私はそう答える父上が大嫌いじゃと帰蝶。

私も大嫌いでしたと光秀。

ふふふと笑い合う二人。

ついと庭に出て、日の光がまぶしそうににし、

日の暮れになると万すべてが定かでなくなり、

じたばたせず静かに夜を迎える事が出来れば良いのじゃが、世はままならぬと帰蝶。

 

天正十年(1582年)三月。

武田家滅亡。

 

互いに喜び合う家康と信長。

 

とある一室。

以前摂津の船の中で煩わしき願いを聞いて頂き申し訳ござりませぬでしたと家康。

あのときは何の役にもたてませずと光秀。

ご案じなく、あれは私の失態、あの後私の妻と息子が武田方と通じ、

謀叛の意図があったと判明いたしました、

信長様に命じられる前にこちらで成敗すべきであったと恥じ入るばかりでございますと家康。

それよりお会いしたら是非お聞きしたいと思うていた事がございますと家康。

明智様が領主となられた近江と丹波の国が極めて良く治まっていると聞き及んでおります、

私も新たに駿河を治めねばなりませぬ、お手前はどのような事を心掛けておられますかと家康。

戦は他国の領地を奪う事から始まります、

己の国が豊かで人並みに暮らしていけるところであれば、他国に目が行く事も無いはず、

それゆえ己の国がどれぼとの田畑を有し、作物の実りがどれほど見込めるか、

正しく検地を行い、それに見合った人の使い方をし、無理の無い年貢を取る、

まずそこから始めてみてはと光秀。

検地ですかと家康。

その二人の様子を陰から見ている蘭丸。

 

酒宴の席。

信長に家康を招待したい旨を伝えてきたと蘭丸。

ただ、その祝宴の供応役をどなたがと申され、しかるべきお方がと申し上げると、

是非明智様にお願いしたいとの事でしたと蘭丸。

招かれる方が供応役を名指しするとは何事と長秀。

何故十兵衛をと信長。

先ほどもお見かけしましたが、お二人は随分親しい様でと蘭丸。

徳川殿は宴で毒を盛られるのを恐れておられるのじゃ、

武田が消えた今、東海を支配するのは徳川のみ、これを消してしまえば上様の天下となる、

わしならそれくらいは考えるからのうと長秀。

家康め、まだ信康に腹を切らせた事を根に持っておるのかと信長。

 

廊下。

今日は良いお話を伺えましたと家康。

一つお願いしたき儀が、実は安土で祝宴を開いて頂く事になったのですが、

その供応役をぜひ明智殿にと家康。

私以外にもふさわしい者がと光秀。

信長様は私にとってまだまだ怖いお方、ではと家康。

 

天正十年(1582年)五月。

安土城。

いよいよ今日は家康殿を迎える日じゃなと信長。

出来る限りの事は致したつもりでございますと光秀。

さすが十兵衛とその采配ぶりを皆褒めそやしていると信長。

殿が催され、家康殿がお客人とあれば手抜かりは許されませぬ、

戦を二つほどやり遂げた思いにございますと光秀。

ごくろうであった、供応役はここまでとし、後は丹羽長秀に引き継ぐが良いと信長。

は?と意外そうな光秀。

そなたには先日命じたとおり、今秀吉が掛かっている毛利攻めに加わってもらいたい、

近江、丹波の兵をかき集め、来月早々に出陣せよ、

秀吉が兵が足りぬと矢の催促でなと信長。

出陣は承っておりますが、今日の供応役は私が万端整えました以上、

最後までやらしていただきとうございますと光秀。

段取りは丹羽も承知しておる、毛利との戦が大事ぞ、今日坂本へ帰れと信長。

せめて今日一日こちらに止まり、と光秀。

そこまで供応にこだわるのかと信長。

家康殿とお約束も致しました、何とぞ、この儀は私にと光秀。

光秀を猜疑心の籠もった目で見つめる信長。

 

物陰から仲良く歩いてくる家康と光秀を見る信長。

 

供応の席。

家康殿と徳川家が末永くお栄えあるよう、また此度の戦勝を祝して大いに飲もうではないかと信長。

上機嫌で酒をあおる信長と家康。

一同を見渡し満足げな光秀。

突然、十兵衛、膳が違うぞと信長。

はっ?御免と進み出る光秀。

何が違いましょうかと光秀。

汁、平皿、品数が足りぬと信長。

まだ二の膳がと光秀。

一の膳で出せと命じたはずじゃと信長。

それは作法ではと光秀。

黙れ、これは皆取り替えよ、家康殿にこのような膳を出すとは無礼千万と信長。

織田様、私はこれで一向に構いませぬと家康。

わしが困るのじゃ、これではわしの面目が立たぬと信長。

承知いたしました、すぐお取り替えいたしますと光秀。

慌てて汁をひっくり返し、信長の着物を汚してしまった光秀。

ご無礼をと手を出した光秀の手を扇子で押さえ、首を打ち、

十兵衛下がれと光秀を蹴倒した信長。

転がる光秀。

申し訳ございませぬと謝る光秀の脳裏に蘇る、光る樹を伐る己の姿。

上様に粗相をなさったな、無礼であろう、下がれと居丈高に光秀に組み付く蘭丸。

その蘭丸を振りほどき、光る樹を伐るかの様に手を振る光秀。

睨み付ける信長。

歯がみして睨み付ける光秀。

その脳裏で樹を切りつけ続ける光秀。

 

「今回は丹波平定から安土城での供応まで、4年間が怒濤の勢いで描かれました。この間あった出来事はほとんどスルーされましたが、一貫して描かれたのは光秀の迷いと苦悩でした。そして最後に二人の間を切り裂いたのは信長の猜疑心でした。信長を睨む光秀の表情がすごかったですね。本来ならその場で切腹を命じられてもおかしくない態度でしたが、そうならないのがドラマというものでしょう。」

「月に登る樹とは、中国の伝説、桂男が伐り続けている桂の木をドラマに合わせてアレンジしたものなのでしょう。桂男の伐る樹は、伐っても伐っても傷がすぐに塞がると伝わります。ドラマの樹はそんな桂の木にふさわしい不思議な雰囲気が良く表されていました。桂男の徒労は光秀の振り切れない迷いと重なり、遂には信長の不条理な逆鱗に触れた事で吹っ切れてしまうのでした。」

「光秀も人生の日暮れ時に近づき、帰蝶の様に物事がぼんやりとしか見えなくなってしまったのでしょうか。苦悩のあげく、夢と現実が重なってしまったかの様に見えます。信長は自らが作り上げた作品、その作品が暴走を始めた時、始末を付けるのは作り出した自分以外に無いと決意した瞬間だったのかな。」

「現実の光秀はもっと謎に満ちています。本能寺の変の丁度1年前、明智家家中軍法という掟を定め、その最後の段で落ちぶれた身分から取り上げてくれた信長へ感謝の意を捧げ、より軍功を挙げる事が信長への恩返しになると記しています。まさに信長家臣としての手本の様な態度ですよね。そしてそのわずか1年後に、180度旋回して信長に翻意を向けてしまったのですから訳が判りません。以来、本能寺の変の謎として百家争鳴状態となり、未だに真相はわかっていません。次回はその答えの一つが示される訳で今から楽しみですね。」

「現実の光秀という人は、例えば裁決の場において、一々これ一つと根拠を示しながら話を進め、最後に明晰な判断を下してみせるという聡明な人でした。まさに目から鼻に抜けるという表現がぴったりと来るような人だった様ですね。信長からの信望が厚かった事は佐久間信盛への折檻状に、織田家の第一の軍功として光秀の丹波平定が記されている事からも明らかで、まさに織田家きっての出頭人でした。そして、その事が織田家の中でどう見られているかを判っていたのも光秀その人で、家中法度というものを定め、自分の家臣たちに対し織田家宿老たちの家臣には慇懃に接する様にと諭し、決して彼らと争ってはならない事、もし争った場合は理由如何に依らず成敗する事、さらに喧嘩に到った場合はその場で自害する事などと指示しています。異数の出世を果たした自分に向けられる嫉妬や妬みというものを痛いほど感じていたのでしょうね。そこまで客観的に自分を見つめ、周囲に配慮の出来るのが光秀という人物でした。」

「ドラマでは出てきませんでしたが、この時期光秀が行った重要な仕事として京都馬揃えがあります。これは一種の軍事パレードで、織田家家中の武将がそれぞれ自慢の馬に乗って行軍して見せるというもので、御所の横で行われ、正親町天皇も臨席したという晴れ舞台でした。この馬揃えの意味は様々に捉えられており、譲位に応じない天皇に対する示威行為だという説もその一つです。このドラマの考証者である小和田哲男さんもその論者の一人ですね。ならばドラマで触れられても良かった様な気がしますが、そこまでの時間的余裕が無かったのかな。」

「ドラマに戻って、帰蝶はまさに蝮の子だったのですね。信長に毒を盛るとさらっと言ってのけるあたりは、かつて信長の黒子として何かと尻込みする信長を影から操っていた頃を思い出しました。あの頃の帰蝶、信長、光秀のトリオは素晴らしく、まさに麒麟を呼ぶのはこの三人という感じだったのですけどね、いつの間にこんなにバラバラになってしまったのかしらん。帰蝶が愛していたのは信長ではなく光秀であり、信長は光秀と二人で作り上げた作品なのでした。その作品が制御不能になったとき、蝮の子の下した結論は毒殺でした。なんとも切ないものがありますね。」

「ドラマで信長が家康供応の席で光秀を足蹴にしていましたが、これはルイス・フロイスが書き残している有名な話です。ただし、フロイスが書いているのは密室で二人きりの時で、供応の準備について意見が合わず、言い返した光秀に逆上した信長が一度、二度と足蹴にしたとあります。もっとも、これは伝聞を書き残したものでフロイスが直接見聞きした訳では無く、どこまで史実かは判りません。しかし、本能寺の変の一因としてよく取り上げられる話ではありますね。」

「次回はいよいよ本能寺の変、どんな結末が待っているのか楽しみです。」

参考文献
「明智光秀・秀満」「明智光秀と本能寺の変」小和田哲男、「図説明智光秀」森祐之、「ここまでわかった 明智光秀の謎」歴史読本、「明智光秀」早島大祐、「本能寺の変」藤田達生、「信長研究の最前線1、2」日本史資料研究会

2021年1月24日 (日)

麒麟がくる 第四十二回「離れいく心」

内裏。

この世を平らかになるには、そなたの力に負うところが多いやもしれぬ、

この後、信長が道を間違えぬようしかと見届けよと帝。

 

天正6年秋、突如寝返った荒木村重。

 

有岡城。

村重の説得に訪れた秀吉と光秀。

居丈高に村重を脅す秀吉。

断る村重。

愚か者めがと秀吉。

後に残り、身内として何が不満だったのかと問う光秀。

信長様は摂津の国を任せると言いながら、

国衆達から過酷な税を取り、国衆達がわしから離れていくのをそしらぬ顔をされている。

義昭公を追い出した時もそうじゃった。

犬でも扱う様に、あの秀吉に任せて裸足で追い立てて行った、その心が判らぬ。

毛利殿は義昭様を京に戻し、政を行うと申されておる、

わしはそれに従いたいと村重。

 

摂津、織田方の陣。

光秀を待っていた藤孝。

自分はこのまま鞆へ参ると光秀。

何故と藤孝。

全ての争いが公方様に繋がっている、このまま放ってはおけぬと光秀。

 

船中。

勝算はあるのかと光秀。

鞆の国衆とは文のやりとりをしています、とりあえず会う事は出来るかと左馬助。

公方様に会って歩み寄れる糸口を掴みたい、このままでは戦は終わらぬと光秀。

荒木家に嫁がれた岸様が気かがりですと左馬助。

 

備後、鞆。

義昭に目通りを許された光秀。

太刀の代わりに釣り竿を渡されます。

毎日鯛を釣っているという義昭。

 

船上。

釣り竿を垂れる義昭。

義昭と並んで竿を垂れる光秀。

ここは鯛が釣れると聞きましたがと光秀。

それがなかなか釣れぬ、しかし日がなずっと糸を垂れていると一匹は釣れるのじゃと義昭。

丹波の国衆がなかなかまとまらず苦労しております、

摂津では荒木村重殿が我らから離反されました、

皆、口を揃えて公方様をお慕いすると申しております、

公方様が毛利殿と共に上洛されるのを待ち望んでいると光秀。

しかし毛利殿にその気配は無い、かつての朝倉殿がそうであったように、

公方様をこの備後に留め置く事で己の威光を高めるためであり、

上洛には興味は無いと見受けられる光秀。

毛利は西国一円が手に入ればそれで良いとしている、

わしが信長を討て、上洛せよと文を書くのを内心では迷惑している、

ただ、大義名分のためにわしを利用しているだけだと義昭。

ならば京にお戻りになりませぬか、信長様は私が説得いたします、

将軍がお戻りになれば諸国の武士は鉾を収めましょうと光秀。

どうであろう、昔わしの兄義輝は三好の誘いに乗り京に戻ったが、

しょせんは京を飾る人形でしかなかった、そして殺された、

信長の居る京へは戻らぬ、ここで鯛を釣っていれば殺されることもないからなと義昭。

そなた一人の京ならば考えもしよう義昭。

そのとき、光秀の竿に掛かった鯛。

十兵衛、でかしたと喜ぶ義昭。

 

摂津の陣。

いらだたしげに光秀を待つ秀吉。

信長様はどう仰せになられたと光秀。

光秀様ともう一度説得にあたれ、それで駄目なら信長様直々に討伐すると秀吉。

ところが肝心の光秀様が居られない、この大事の時にどこへ行っておられたと秀吉。

備後の鞆に行ってきた、鯛を一匹釣ってきた、他に得るものは無かったと光秀。

そのまま陣を出ようとする光秀。

どこへ参られると呼び止める秀吉。

今一度、荒木様を説得に参ると光秀。

わしも行くと秀吉。

お主は説得の妨げになる、来るなと光秀。

来るなとは何事じゃ、わしは荒木の頭であり、信長様からご下命を頂いていると秀吉。

頭であるなら何故配下の者をここまで追い込んだ、

目が行き届かなかったと叱責を受ける立場であろうと光秀。

少なくとも軍議の席で、一廉の武士につばを吐きかけるものではないと光秀。

 

光秀の説得は失敗し、籠城を続ける村重。

 

京、光秀の館。

岸様がお戻りですと左馬助。

荒木家を離縁されて戻って参りました、申し訳ござませぬと岸。

わしの力が足りぬゆえ、荒木殿を呼び戻せなかったと光秀。

荒木の家で死にとうござましたが、申し訳ございませぬと岸。

相すまぬと岸を抱きしめる光秀。

その様子を見ている左馬助。

 

摂津の陣。

裏切った者がどういう末路をたどるか、白日の下に晒さねばならぬ、

明朝出陣し、有岡城を一のみにして見せようぞと信長。

見せしめのために、落城の後は荒木の家の女子供に到るまで一人残らず殺せと信長。

一人黙然としている光秀を見て、何か申す事はあるのかと信長。

西の毛利、大坂の本願寺、丹波の赤井、波多野、東の武田、そして此度の荒木、

皆ひとつにまとまった輪と見るべきかと存じまする、

我らはその輪に囲まれまことに苦しき戦をせねばなりませぬ、

荒木とは争うより、もそっと歩み寄って話し合うべきかと存じますると光秀。

案ずるな、本願寺と毛利は朝廷にお願いして和議に持ち込むつもりじゃ、

手はずは秀吉がつけておると信長。

手はずは着々と、かかる折りこそ帝に働いてもらわねばと秀吉。

丹波はそなたに任せる、武田は徳川が始末を付ければ良い、

さすれば荒木は丸裸じゃ、大軍を引き連れて一気に片付けると信長。

本願寺も毛利も今は強気にございます、今は和議に応ずるかどうかと信盛。

聞き捨てならぬ、本願寺は信盛に任せた、今なお強気にさせているのは誰のせいじゃ!、

と扇子を投げつける信長。

 

天正六年末、有岡城を力攻めにした信長。

しかし、荒木軍の抵抗に遭い、一年に渡る持久戦となった城攻め。

 

光秀の館。

密かに尋ねてきた菊丸。

家康が光秀様に会いたがっている、三日か四日後に摂津にまでおいで下さいと菊丸。

 

摂津沖。

徳川家の船の上。

明智様にお会いしたのは七つの時、あれから三十年、私は相も変わらず何かに束縛され、

それから逃れ、己が思うままに生きてみたいと思うて参りましたと家康。

家康殿の様な大大名を束縛するものとはいかなるものですかと光秀。

例えば織田信長様と家康。

私はその信長様に仕える家臣でございますがと光秀。

私は駿河で人質となっていた折りに三条西実澄卿に和歌の手ほどきを受けました、

以来何かと相談し、心の師としてきました、

此度の難題は是非光秀様を頼る様にと申されましたと家康。

実澄様がと光秀。

実は信長様は我が嫡男、信康に切腹を命じてこられました、

その母である私の妻も一緒に殺せと家康。

築山殿もと光秀。

二人は武田勝頼に通じて、三河を乗っ取る企みがあると言うのですと家康。

たとえそれが事実であったとしても、我が息子に不始末があれば私が直々に始末を付けます、

信長様に殺せと言われる筋合いのものでは無い、

今は武田を討つために手を携えておりますが、

武田を滅ぼした後に我らが如何に扱われるか疑う者が数多おります、

先般、織田様が岡崎に鷹狩りにわずかな供回りで来られた時、今なら討てると言う者も居ました、

お判りですか、今の信長様は味方を遠ざけておられる、公方様しかり、松永様、荒木様、

これでは天下は一つにまとまりませぬ、

私は事を構えるつもりは毛頭ございませぬが、あまりにも理不尽な申されようがあれば、

己を貫くほかはございませぬと家康。

困惑する光秀。

これには三河の誇りがかかっておりますと家康。

 

京、二条の館。

信長に会いに来た光秀。

信長に拝謁している宣教師たち。

宣教師と入れ替わった光秀。

パードレから面白い話を聞いた、この世で形あるものはいずれ消えていく、

消えぬのは形の無いもの、風のようなものだと言う、

それがキリシタンの神だと、

では神は見えぬ、触れる事も出来ないのかと尋ねると、

信者となればいずれ見えてくると、上手いことを言う、わしは信者になろうかと思うたと信長。

今日はご機嫌がよろしうございますなと光秀。

毛利の水軍を我が九鬼水軍が打ち破ったであろう、

あれで本願寺は兵糧の道を絶たれ、食い物が底を突いて逃げ出す者が後を絶たぬという、

随分手こずらせたがあと一息じゃという知らせが届いたと信長。

それは何よりでございますと光秀。

そなたは明日から丹波じゃなと信長。

そのごあいさつに参りましたが、もう一つ話がございますと光秀。

話?と信長。

三河の徳川家に関わる噂話でございますが、

家康殿の御嫡男信康殿に不穏な動きがあると、

殿が大層案じられて成敗いたすよう命じられたと聞きましたと光秀。

さすがは十兵衛早耳じゃなと信長。

築山殿も一緒にと光秀。

敵方である武田に通じておったのじゃ、やむを得まいと信長。

もしそうだとしても、信康殿に死をお命じになるのは如何と存じますると光秀。

何故と信長。

家康殿が拒まれたとき、殿は面目を失う事になりますると光秀。

家康は拒まぬ、わしはあの男を竹千代の頃から存じておる、

あれは小心で争いごとを好まぬ男じゃ、しかし、拒んだとしてもそれはそれで良い、

家康がわしをどう見ているか、それで判る、

わしは家康を試しておるのじゃ、去年鷹狩りに三河まで足を伸ばしたとき、

わしの警護に付いた家康の家臣どもの目が、三河者が尾張者をにらむ目だった、

やはり三河は油断がならぬと信長。

しかし、信康殿を成敗せよと命じられれば三河の者はさらに殿に恨みを抱きますと光秀。

もう良い、そなたはいつから三河の肩を持つようになったと信長。

三河の肩を持つわけではありませぬ、荒木殿の二の舞はまずいと申し上げているのですと光秀。

わしは白か黒かをはっきりさせたいだけじゃと信長。

それでは人は付いて参りませぬと光秀。

付いて参らねば成敗するだけじゃと信長。

黙り込む光秀。

頼む、これ以上わしを困らせないでくれ、わしが唯一頼りに想うておるそなたじゃと信長。

だが、近頃そなたは妙な振る舞いをしている、

わしにはその方が気がかりじゃと信長。

私がと光秀。

帝に招かれ御所に参ったであろう、帝は何の用でそなたを呼んだ、

いかなる用でわしの頭越しにそなたを招かれたと信長。

月見のお供をせよと三条西様からお誘いを受け、と光秀。

そこでわしの話題が出たのかと信長。

実澄卿より御所内の事は恐れ多いゆえ、一切口外せぬようにと申されておりますると光秀。

この信長にも言うなと信長。

帝のお言葉は何人たりとも他言をはばかるべしと光秀。

わしが言えと命じてもか、手を付いて頼んでもかと信長。

平にご容赦くださいませと光秀。

容赦ならぬと立ち上がり、光秀の前に立ち塞がり、帝は悪し様にもうされたのか、

それゆえに申されぬのかと信長。

左様な事はございませぬと光秀。

では何故言えぬ、

わしの話をしたに違いない、何の話をしたと、扇子を光秀の顎の下に当てる信長。

言え、言え、十兵衛、わしに背を向けるかと信長。

殿、どうかと光秀。

申せ、十兵衛申せと信長。

ご容赦をと叫ぶ光秀。

おのれ、申せと扇子で光秀を打ち据える信長。

何度も申せと言いながら光秀を打ち続ける信長。

倒れ込み、必死の形相で信長を見る光秀。

なぜじゃ、なぜこうなると信長。

帝を変えよう、そうじゃそれが良い、譲位して頂こうと信長。

殿、と光秀。

武士が金を出さねば朝廷は何一つ弔いを出来ぬのだ、申し上げるべき事は申し上げる、

明日から丹波平定に励め、一年以内に片付けよ、

さなくばわしにも考えがあると信長。

信長を睨み付ける光秀。

帰れと信長。

 

光秀の館。

薬を煎じている駒。

たま様とお約束しましたので、お帰りの日には薬を煎じてお待ちしていますと駒。

かたじけないと光秀。

光秀の額の傷に気づいた駒。

大した傷では無い、放っておけば治ると光秀。

でも、念のため傷口を洗わないとと駒。

お任せいたすと光秀。

 

今日は何か変わった事がございましたかと駒。

何もと光秀。

私は一つ変わった事がございました、備後の国の公方様から手紙が届きましたと駒。

ほう、と光秀。

二人で釣りをした、一日に一匹しか釣れぬ鯛を初めて来た十兵衛が釣ってしもうたと、

口惜しかったがなぜか嬉しかったと、嬉しかったと二度書いてありました、

そして最後に昔話した誰も見た事が無いという生き物、麒麟、

十兵衛となら呼んでこれるやもしれぬと、そういう埒もない事も思うたとありました、

海辺で暮らしているとそういう夢ばかり見るのだと駒。

公方様が、左様な文をと光秀。

良い御文でしたと駒。

公方様がと光秀。

「今回は荒木村重の謀叛から信康への切腹命令、信長への諌言を試みる光秀、それに折檻で応える信長の姿が描かれました。帝、義昭、家康からまでも頼られた光秀は、どうにかして信長の暴走を止めようとしますが、信長の心には届かないのでした。光秀の絶望的な表情が印象的でしたね。狂い始めた歯車はもう元には戻れないのでしょうか。」

「唐突に現れた観のある荒木村重でしたが、彼は池田家の家臣からのし上がり、主家を乗っ取って信長に仕え、摂津一国を任されるまでに到った梟雄です。光秀にも比肩するほどの出頭人の一人だったのですが、突如として毛利方に寝返り信長を窮地に陥れました。寝返った理由は定かでは無く様々な説が語られていますが、ドラマにあったように信長が摂津の国人を手荒く扱ったためにその突き上げを食らい、止むなく叛旗を翻したというのもその一つです。」

「光秀の娘を嫡男の村次の嫁に迎えていたのは史実にあるとおりで、光秀とは縁戚関係にありました。そのためもあって光秀は村重の説得に当たっており、一度は翻意させる事に成功しています。しかし、村重の配下に居た中川清秀が、信長は一度疑った者は許さないと進言した事を受け、村重は本格的に籠城を始めたのでした。村重は光秀に恩義は感じていたのでしょうか、光秀の娘(ドラマでは岸)を離縁し、光秀の下に返しています。」

「この時期、信長に翻意を表したのは村重一人にとどまらず、播磨の別所長治も一度は信長に従いながら毛利方に寝返っています。同じく丹波の波多野秀治も寝返っており、光秀が煮え湯を飲まされたのは以前にも書いたとおりです。このように信長の天下平定は順風満帆ではなく、裏切りの連続だったと言えます。その理由はこれも以前に書きましたが、基本的に信長の人事が尾張出身者や身内に偏重しており、外様を冷遇した事にあったと考えられています。信長の下では自家を保てないと思った大名、国人たちが多く居たという事でしょうね。」

「家康の嫡男信康については信長の娘である徳姫を嫁とし、武辺に優れた武将として将来を嘱望されていました。しかし、通説では普段の行状が悪く、罪も無い領民を射殺したり、たまたま出会っただけの僧侶を殺したりと乱暴狼藉の限りを尽くしていたとされます。そして徳姫との間も冷え切ってしまい、徳姫が父である信長に信康の不行状の数々と共に、義母である築山殿が武田方に通謀しているとの書状を送った事が原因となり、信長から切腹を命じられたとされています。」

「しかし、最近の研究では信長は信康の切腹は命じておらず、信長は徳川家の事は家康に任せるとのみ言っており、信康を切腹させたのは家康自身の判断だったと言われています。その理由は家康と信康の親子不仲説、徳川家内部での浜松派と岡崎派の派閥争いの結果とする説などが語られていますね。そして、信長に信康の不行状を通報したのは徳姫ではなく、家康自身が徳川家家中の問題を信長に相談したのではないかとも言われています。」

「いずれにしても光秀が家康から相談を受け、信長に諌言したというドラマの設定は全くの創作ですね。でも、これも本能寺の変の一因として数えられる事になるのかな。」

「創作と言えば光秀が義昭に会いに行ったというのもそうで、そんな事実はありません。義昭が日がな一日中釣り竿を垂れていたというのも創作で、実際には現役の征夷大将軍として諸大名に御教書を濫発していました。いみじくも光秀が全ては公方様に通じていると言っていた様に、諸国の勢力を反信長に結集させていたのは義昭その人であり、その意味では室町幕府はまだ健在だったと言えるようです。」

「次回はいよいよラスト前、月に登ろうとする信長を光秀が止めに掛かるという展開になりそうです。光秀に対する足蹴まで出てくる様ですね。そして信長を殺せと暗示するのは帰蝶なのでしょうか。最後まで目の離せない回となりそうです。」

 参考文献
「明智光秀・秀満」「明智光秀と本能寺の変」小和田哲男、「図説明智光秀」森祐之、「ここまでわかった 明智光秀の謎」歴史読本、「明智光秀」早島大祐、「本能寺の変」藤田達生、「信長研究の最前線1、2」日本史資料研究会

 

2021年1月17日 (日)

麒麟がくる 第四十一回「月にのぼる者」

天正五年(1577年)十月。

松永久秀自刃。

 

平蜘蛛を前に久秀の罠だと笑う光秀。

 

備後、鞆。

諸国の大名に信長倒すべしと文を送り続けている義昭。

 

丹波国。

光秀の本陣。

捕縛されてきた国人達。

彼らのいましめを解き、斬る代わりに領地を回復せしめよと説く光秀。

その一人、荒木になぜ抗うのかと問う光秀。

我らは代々将軍家から恩を受けてきた、

その将軍から助けを求められたら戦う他あるまいと荒木。

我らか戦っているのは国衆では無い、備後におわす将軍だと光秀。

 

京、光秀の館。

部屋に入り、平蜘蛛を取りだした光秀。

そこにやってきた秀吉からの使い。

秀吉の用件は播磨国へ出陣するにあたりあいさつがしたいと言うことでした。

 

薬草を持ってきた菊丸。

そこに通りかかった秀吉。

菊丸を見て思うところがありそうな秀吉。

 

光秀に慇懃にあいさつをする秀吉。

播磨は本願寺を支える国、その押さえの総大将を任されるとは大したご出世だと光秀。

まだまだ明智様の足下にも及びませぬと秀吉。

及ばぬどころか、見事に私の足下を掬ったと光秀。

私が足下をと秀吉。

平蜘蛛の一件、覚えがござろうと言って、平蜘蛛を見せた光秀。

羽柴殿は久秀からこの平蜘蛛を譲り受けたと殿に注進し、不快に思われるように仕組んだと光秀。

誰がその様な事を申しましたと秀吉。

羽柴殿には多くの弟がおられるそうな、忍びのごとき事をし、

あちこちに忍び入っては見た事、聞いた事を羽柴殿に注進して食い扶持を稼いでいるとの事と光秀。

私の弟がと秀吉。

気をつけなされ、その弟は口が軽い、

私が平蜘蛛を隠し持っているとあちこちで自慢げに言いふらしているとかと光秀。

根も葉もない戯れ言じゃと秀吉。

その弟の名をお教えしようか、辰五郎と光秀。

辰五郎をここに引っ立てて来させても良いのだがと光秀。

はっと開き直り、平伏して久秀の動きを見張るよう命じられていた、

しかし、そこに明智様が来られるとは思ってもいなかった、

殿に申し上げるべきか迷いに迷いと秀吉。

迷うたが、出世の道を選んだかと光秀。

申し上げれば不義理、申し上げねば不忠の極み、

同じ事なら総大将となり敵を平らげてからお詫びをすればきっと明智様はお許しになると秀吉。

貴殿にとって平らかな世とはどういう世じゃと光秀。

昔のわしの様な貧乏人が居ない世ですかなと秀吉。

秀吉の前に進み、扇子を突きつけて、此度の事は貸しにしておく、

口の軽い弟は良く叱って置くことだなと光秀。

辰五郎は昔おっかあがどこぞの男との間に産んだ弟、

なにかと金をせびりに来るので使ってやったまでの事、

叱っておきますと秀吉。

播磨で存分に手柄を立てられれば良い、お行きなされと光秀。

立ち去りかけて立ち止まり、

先ほど庭で菊丸を見かけた、あの男近頃母の下に出入りし、

薬を煎じたりあれこれ話をしていくと言う、

明智様は何者かご承知の上で近づけられておられるのかと秀吉。

ただの薬売りと承知していると光秀。

わしにはそうは見えませぬがと秀吉。

 

町外れの賭場。

賭け事をしている辰五郎を迎えに来た秀吉の家臣たち。

 

道ばたに座る秀吉。

秀吉に群がってくる貧しい子供たち。

金をせびる子達に小金を与え、あれは昔のわしじゃとつぶやく秀吉。

 

物陰で倒れている辰五郎。

 

東庵の家。

尋ねてきた光秀。

薬を作っている菊丸。

肩が凝って、東庵殿に鍼を打ってもらいに来たと光秀。

丹波も本願寺も重荷でございますから、肩も懲りますでしょうと菊丸。

戦だけでは無い、近頃信長様の京での評判がすこぶる良くない、

お公家の機嫌を取るばかりの政で、町衆には不満がたまっていると聞くと光秀。

信長様はお公家の中でも二条関白様だけに肩入れし、

己に親しむ春宮様を贔屓にされるというので、朝廷の中でも不満があるときいておりますと菊丸。

さすがに詳しいなと光秀。

薬を売って歩くと色々な話が耳に入ってきます、

信長様は帝に譲位を迫られ、春宮様を帝にされようとなさっているとか驚く様な事も耳にしますと菊丸。

そういう事も皆、三河の殿にお知らせするのだなと光秀。

は、と意外そうな菊丸。

三河の家康殿は信長様と同盟を結んでおられる、

しかし、信長様が本当に頼れる相手か気にしておられる、違うかと光秀。

それはと菊丸。

今更隠すな、秀吉がそなたを疑っている、そろそろ潮時かと思うぞと光秀。

その時、家の前まで帰ってきた駒。

中から光秀の声が聞こえてきたので立ち止まります。

そなたはわしが困っている時、何度も助けてくれた、かたじけなく思っている、

それゆえ逃げて欲しいと光秀。

秀吉殿の手下は動けば早い、すぐに京を離れるが良いと光秀。

私はこのところずっと迷っていました、

私は今のここの暮らしが良いのです、駒さんと同じ屋根の下で薬を作りながら、

三河のために命を捨てても良いと思いながら、もうお役目を返上したい、そう思う事もあるのです、

三河に帰っても誰も居ない、

こうして駒さんと一緒に薬を作っていると時々三河の事を忘れるのですと菊丸。

その話を外で聞いている駒。

そこに戻ってきたたま。

たまを余所へ連れて行く駒。

仰せの通り潮時かと、駒さんや東庵先生を巻き込む前に行こうと存じますと菊丸。

 

とある屋敷に来た駒とたま。

光秀様がたいそう難しい話をしておいでだったので邪魔をしてはいけないと思いここに来ましたと駒。

難しい話とはどれほど難しいのですかとたま。

人には言えぬほどと駒。

私も人には申し上げられない話があります、でも駒さんになら言えるかもしれませんとたま。

どういうお話ですかと駒。

父上が私に嫁に行く気は無いかと尋ねられたのです、

でも母上が亡くなった今、父上を一人にして行く事は出来ません、

母は父上が戦に行くときは、見えなくなるまでずっと見送っておられました、

私もそうして差し上げたいのです、それが戦に行けぬ私のせめてもの勤めだとたま。

一生、父上のお見送りをと駒。

はい、一生とたま。

でも、父上はこの先五十年も百年も戦に行かれる訳ではありませぬよ、

人はみなもっと遠くにいってしまう時が来るのですと駒。

だから悩んでしまうのですとたま。

父上の事は置いて、御自分の事を考えて後悔の無いようになされば良いと存じますと駒。

 

京の町中。

一人旅立とうととする菊丸。

その後ろを付けてきたあやしい影。

菊丸を襲う秀吉の手下。

乱闘の末、敵の囲みを破って逃げ延びた菊丸。

 

安土城。

登城して来た光秀。

廊下にまで響く鼓の音とかけ声。

打っているのは信長と前久でした。

共に鼓を打たぬかと信長。

明智殿、丹波以来じゃなと前久。

暫く九州に居られた由と光秀。

信長殿は人使いが荒い、京に戻りたければ九州に行けと言われたのじゃと前久。

立っている者は親でも使えと申しまするからなと信長。

憎き本願寺を倒すためにはまず毛利を叩かねばなりませぬ、

毛利の背後に居るのは九州の諸大名、さはすがに前の関白様、見事に任を果たされたと信長。

それはよろしうございましたと光秀。

それが一向によろしく無い、京には私の敵、二条関白が居座り、

未だに私の上洛を嫌っている、信長殿も弱腰で二条殿にははっきりと物が言えぬご様子で、

いつ来ても鼓を打ってごまかされると前久。

そうじゃ、近衛様にはまだ天主をご覧に入れていませんでしたな、

一度ご覧頂きとうこございますと信長。

今度は天主でごまかされるのかと前久。

 

まだ近衛様には申し上げていないが、近々二条関白には退いて頂き、

後に近衛様を据えようと思っている、

二条様は口先ばかりで帝に春宮への御譲位を迫ると言いながら一向に事が運ばぬ、

おまけに都での評判が悪い、

わしはな、政を行う者は世間での聞こえがだいじだと思うておると信長。

おおおせのとおり、丹波、本願寺を平らげ、いずれ毛利を破りましても人の心がついて来なければ、

天下の統一はなりがたいと存じますると光秀。

案ずる事は無い、京におけるわしの評判は上々だと聞いていると信長。

誰にお聞きになりましたかと光秀。

誰に?、皆がそう申しておる、京ではこの安土に続く広く綺麗な道を通り、

天にまで届く我が城を見たいと言う者が多いと聞くと信長。

では何故松永様は殿に背かれましたか、公方様は何故背かれましたかと光秀。

もう良いと叫ぶ信長。

もそっと素直な物言いをするが良いと信長。

私は素直に正直な気持ちを申し上げておりますと光秀。

左馬助に平蜘蛛を持ってこさせた光秀。

平蜘蛛を捧げ持ち、信長の前に置いた光秀。

この釜のありかを聞かれたとき、知らぬと申し上げましたが痛く後悔いたしました、

殿に対して一点の後ろめたさがある限り、これは手元に置かぬほうが良いと持参いたしました、

殿が松永殿を討った祝いとしてお収めいたたければ幸いと存じますと光秀。

それを、わしにと信長。

何が言いたいと信長。

その平蜘蛛ほどの名物は、持つ者に覚悟が要ると聞き及びました、

いかなる折りも誇りを失わぬ者、志高き者、心美しき者であるべきと光秀。

殿にもそういうお覚悟をお持ち頂ければ幸いかと存じまする、

そのような御主君であれば背く者は消え失せ、天下は治まり、大きな国となりましょう、

城を美しく飾るだけでは人は付いて参りませぬ、言いたき事はそれだけでございますと光秀。

聞けばなんともやかいな平蜘蛛じゃなとぞんざいに平蜘蛛を扱い、

いずれ宗久にでも申しつけ金に換えよう、その覚悟とやらも込みで一万貫ほどにはなると思わぬかと信長。

それを、金に?と光秀。

それで売れるか売れぬかで、この平蜘蛛の値打ちが判ろうというものじゃと信長。

 

三条西家。

何やら書物を読む光秀。

王維じゃなと実澄。

君に問う、いずれの所にかいくと、君は言う、意を得ず南山の陲に帰臥せんと

今の明智殿の気持ちかなと実澄。

肝心の信長殿の気持ちが何を考えているのかよう判らん、

面倒ゆえ田舎に引きこもって暮らすかと実澄。

田舎に行き籠もりたいとは思いませぬがと光秀。

しかし、信長殿は以前と変わってきてきておる、困った事だと思っているのであろうと実澄。

帝も同じ思いであられる、信長殿を武家の棟梁とお思いになり、

将軍と同じ右大将の地位につけられた、

ところが帝に対し春宮への譲位を迫り、嫌がらせに右大将を放り投げて見せたのじゃと実澄。

信長殿は己の気分で朝廷も帝も変えてしまおうと想うておる、それが杞憂であれば良いのだが、

さあ参ろう、月見じゃ、月見じゃと実澄。

 

内裏。

庭先に侍る光秀。

縁側に現れた帝。

見事な月じゃ、のう、明智十兵衛と帝。

はっと光秀。

あの月には奇妙な男が住んでいると聞くが、その男の名を存じているかと帝。

桂男でございましょうかと光秀。

その男が何故あの月に登ったか存じておねかるかと帝。

母に聞きましたところでは、桂男は月で咲いている老不死の花を取りに行ったと存じていますと光秀。

それからどうなったと帝。

桂男は不老不死の花を独り占めにしようと考え、木をふるって全ての花を散らしてしまった、

その事が神の怒りに触れたと光秀。

そして、男は不老不死のまま月に閉じ込められたと帝。

朕は先帝からこう教えを受けた、やはり月はこうして遠くから眺めるのが良い、

美しきものに近づきそこから何かを得ようとしてはならぬ、

しかし、力ある者はあの月へ駆け上がろうとするのじゃ、実澄はどうかと帝。

登りたいのはやまやまなれど、あの高さでは息切れがいたしますると実澄。

朕はこれまで数多の武士達があの月へ登るのを見てきた、

そして皆、この下界に帰って来る者はなかった、

信長はどうかと帝。

この後、信長が道を間違えぬようしかと見届けよと帝。

はっと光秀。

 

天正六年(1578年)秋。

忠興の下に嫁いでいったたま。

 

「今回は平蜘蛛を使って光秀が信長に諌言し、帝に拝謁するまでが描かれました。光秀の忠言を聞き入れず、平蜘蛛を金に換えようとする信長。信長を桂男にたとえ、道を間違えぬよう見届けよと告げた帝。いよいよ信長と光秀の間に亀裂が走り、本能寺の変へのカウントダウンが始まりました。」

「脚本を書かれている池端さんに依れば、久秀が平蜘蛛を光秀に託したのは、迷走を続ける信長を見限れ、そして自ら麒麟を呼べというメッセージだったのだとか。そして、そのメッセージを光秀は確かに受け取り、信長に背く事も厭わなくなったとの事です。」

「今回はまだ光秀は信長を見限る所までは到らず、平蜘蛛を使って信長に諌言し、元の道に戻るように努めました。しかし、自分を見失っている信長には光秀の言葉は通じず、平蜘蛛を売り飛ばす事で応えます。真心を踏みにじられた光秀の心中はいかばかりだったでしょうね。」

「桂男は以前、光秀と煕子が坂本城の天主で琵琶湖を眺めながら言葉の掛け合いをした時にも出てきました。あの時はなぜ桂男なのかと思っていましたが、帝との会話のための伏線だったのですね。不老不死を手に入れようとして月に閉じ込められた桂男。権力の絶頂に上り詰めようとする信長は、決して手に入れようとしてはならないものに手を出して、神の怒りに触れてしまうのでしょうか。」

「次回は諌言を続ける光秀に、ついに信長が折檻する様ですね。ここまで新しい信長像を見せていたドラマでしたが、とうとう原点回帰をしてしまうのかしらん。通俗的な展開にはして欲しくないのですが、果たしてどうなるのでしょうね。次回が見物です。」

参考文献
「明智光秀・秀満」「明智光秀と本能寺の変」小和田哲男、「図説明智光秀」森祐之、「ここまでわかった 明智光秀の謎」歴史読本、「明智光秀」早島大祐、「本能寺の変」藤田達生、「信長研究の最前線1、2」日本史資料研究会

2021年1月10日 (日)

麒麟がくる 第四十回 「松永久秀の平蜘蛛」

天正五年(1577年)夏。

 

突如本願寺攻めの陣から逃亡を謀った久秀。

 

京、光秀の館。

亡き煕子の爪を大事に持っている光秀。

 

駒から薬の調合を習うたま。

光秀に伊呂波太夫からの文を手渡す駒。

 

とある神社を訪ねた光秀。

実澄と出会った光秀。

お上が一度そなたと話しがしたいと仰せになっていると耳打ちする実澄。

その様子を伺う怪しい人影。

 

小屋の中に入った光秀。

中で待っていたのは太夫と久秀。

久秀をじっと見据え、加賀の戦から秀吉が無断で撤退し、

平謝りに謝って切腹を逃れたと光秀。

わしには秀吉の気持ちが良く判る、

無能な勝家が総大将になれたのは織田家代々の重臣だったからだ、

非は謙信相手に勝家ごときを総大将にした信長にあると久秀。

信長は家柄、筋目にこだわらず、よく働く者を取り立てると評判じゃ、

だが実は違う、わしの居る大和もそうじゃ、

信長は家柄を重視して順慶を守護にしたと久秀。

信長様には信長様のお考えがと光秀。

わしは本願寺方に寝返る事にしたと久秀。

松永様が寝返れば、私は松永様と戦う事になると光秀。

判っておる、それゆえそちを呼んだのだと久秀。

そなたに見せておきたい物があると、平蜘蛛を取りだした久秀。

これは天下の名物、信長殿がご執心でな、しかし、わしは意地でも渡すつもりは無い、

もし渡すとすれば、十兵衛になら渡しても良いと久秀。

陣を抜け出た事は私が信長様にとりなす、

どうか寝返るのだけはやめて頂きたいと頭を下げる光秀。

そうはいかんのだ、わしにも意地がある、見ろこの釜を、これはわしじゃ、天下一の名物なのじゃ、

そなたに討たれたとしてもこれはそなたの中で生き続ける、それで良いと思うたのじゃと久秀。

松永様、げせぬ、げせぬ、げせぬと叫ぶ光秀。

この茶釜は太夫に預けておく、わしが勝てばわしの手に戻る、

そなたが勝てばそなたの手に渡る、良いなと久秀。

平蜘蛛など欲しくは無い、戦などしたくはないと叫ぶ光秀。

 

秋、信貴山城で挙兵した久秀。

我らは謙信殿に呼応して京に攻め入る、信長恐るに足らずと鼓舞する久秀。

 

信忠を総大将に大和に攻め込んだ信長軍。

本陣の外で、安土の殿から密命がある、もし松永が命乞いをして来たなら許してやっても良い、

その代わり松永の所有する茶道具を全て無傷で渡すこと、

中でも平蜘蛛の釜は必ず寄越す事とのことじゃと光秀に伝言する信盛。

 

光秀に嫡男の忠興を引き合わせる藤孝。

 

天正五年(1577年)十月十日。

信貴山城に総攻撃を命じた信忠。

 

敗勢の中、茶道具に油を掛け、火を付けた久秀。

家臣にわしの首を箱に入れ、名物と共に焼き払えと命じた久秀。

げに何事も一炊の夢と言い残し、壮絶に立ち腹を切った久秀。

 

焼け落ちる信貴山城。

勝ちどきを上げる信忠。

 

安土城。

なぜか泣いている信長。

 

登城して来た光秀。

待っていたのは帰蝶。

殿は、と光秀。

向こうの部屋で泣いておられる、近頃良くお泣きになるのじゃ、

此度の理由は何であろう、

松永殿の死を悼んでおられるのか、あまたの名物が無残な姿になった事を嘆いておられるのか、

このごろ殿のお気持ちが私にも良く判らぬと帰蝶。

帰蝶様が判らなければ誰にも判りませぬなと光秀。

殿は何かを怖がっておられるようにも見えると帰蝶。

東国には富士という天下一高い山があるという、

その山には神がおわし、登った者には祟りがあるという、

殿は右大将という高い身分になられた、

足利将軍と同じ高い山じゃ、ここまで登るとは思うていなかった、

登れ登れとけしかけた私も祟りを受けるやもしれぬと帰蝶。

けしかけたのは私も同様、共に祟りを受けなければなりませぬなと光秀。

殿はそれを恐れておられるのやも知れぬなと帰蝶。

私は少々疲れた、この城は石段が多すぎる、この山を下りようと思う、

美濃の鷺山の麓に昔ながらの小さな館がある、そこで暮らしてみようかと思うと帰蝶。

戦が終わって穏やかな世になったら遊びにおいで、

渋くて旨い茶を一緒に飲もう、約束じゃぞと帰蝶。

無言で頷き、わずかに微笑む光秀。

そこに入ってきた信長。

信盛は役立たずじゃ、松永の茶道具を無傷で持ち帰れと命じておいたのにこの様じゃと信長。

申し訳ございませぬ、火の手が急に上がり、手の付けようがありませんでしたと光秀。

そなたを責めてはおらぬ、わしは信盛に命じておいたのじゃと信長。

では私はこれにてと帰蝶。

わしを見捨てて鷺山に行くという話はしたのかと信長。

いたしましたと帰蝶。

帰蝶が居なくなればわしは誰と相談すれば良いと尋ねたら、

十兵衛に相談すれば良いとそっけない答えじゃ、どう思うと信長。

弱りましたなと光秀。

わしがか、そなたがかと信長。

殿も、私もと光秀。

ではと部屋を出て行く帰蝶。

 

忙しい中、わざわざ来てもろうたのは二つ用件があるからじゃ、

そなた平蜘蛛という釜を存じているなと信長。

佐久間の家臣が焼け跡を隈なく探したが破片も見つからなかったという、

おそらく戦の前に誰かに預けたと思うておるのじゃが、

そなたは松永と親しい間柄であった、

松永が誰に預けたか聞いているのではないかと思ったのじゃと信長。

そのような事はと光秀。

聞いておらぬか、わしは松永が上杉方と通じていると聞いて、

大和と京に忍びを配して松永を見張らせておいたのじゃ、

松永は伊呂波太夫の小屋に入り、そこで何人かの親しい者と会った、

その中にそなたが居たというのじゃと信長。

その小屋へは参りましたと光秀。

何の話をしたと信長。

信長様から離れるなと光秀。

それだけかと信長。

あとは、と言葉を飲み込み、昔話を少々と光秀。

平蜘蛛の話は出なかったのだなと信長。

無言で頷く光秀。

うむ、そうか、それは残念だったなと信長。

わしは松永を死なせたくはなかった、いずれ畿内のしかるべき国を与えようとしていたのじゃ、

何故裏切る、帰蝶もそうじゃ、帝もそうじゃ。

わしは帝がお喜びになると思ってあの蘭奢待を差し上げたのじゃ、

しかし、帝はあまりお喜びでなかったという、

何故じゃ、何故みなわしに背を向ける、

ふむ、これはたわけの愚痴じゃなと信長。

もう一つはそなたの娘、たまの嫁入り先の件じゃ、

藤孝の嫡男で忠興という者が居る、存じておるなと信長。

は、と光秀。

あの忠興に嫁がせよと信長。

たまを、と驚く光秀。

話は以上じゃ、帰って丹波に取りかかるが良いと信長。

わしは本願寺をやる、長島一向一揆の時のように門徒供を皆焼き殺してやると信長。

では御免と部屋を出て行く光秀。

 

後に残った信長。

初めて十兵衛が嘘をついた、このわしにと信長。

秀吉はおるかと信長。

はっと顔を出す秀吉。

そなたの調べたことに間違いは無いなと信長。

この秀吉にぬかりはありませぬと秀吉。

 

坂本城。

薬を煎じているたま。

すごい臭いじゃの、これも駒殿直伝の薬かと光秀。

父上が戦から帰られたときには必ず飲んで頂くようにと秘伝の薬でございますとたま。

たまが煎じた苦い薬を飲み干す光秀。

そこにやって来た伊呂波太夫。

 

松永様とのお約束どおり、平蜘蛛の釜を持参いたしましたと太夫。

差し出された平蜘蛛を両手で捧げ持つ光秀。

それを畳の上に置き、じっと見つめ、

信長様にこの平蜘蛛の行方を問われ、喉まで出かかったが言えなかった、

言えばこれが信長様の手に落ち、わしは楽になれた、しかしなぜか言えなかった、

そうか、これは罠だ、と笑いだす光秀。

まんまと引っかかてしもうた、これは松永久秀の罠じゃと笑い続ける光秀。

松永様の笑い声が聞こえておるぞ、どうだ、恐れ入ったかと光秀。

松永様は仰せになりました、これを持つ者は覚悟が要る、

いかなる時も誇りを失わぬ者、志高き者、心美しき者、

わしはその覚悟をどこかに置き忘れてしまった、それを十兵衛に申し伝えてくれと太夫。

はっとする光秀。

私は約束通りお渡ししましたと太夫。

太夫に、丹波の戦が終わり次第、帝にお会いしたいと光秀。

今の世を、信長様を、帝がどのようにご覧なのかをお尋ねしたいと光秀。

その旨、三条西のじいさまにお伝えしますと太夫。

平蜘蛛を手に不思議な笑みを浮かべる光秀。

 

「今回は松永久秀の謀叛が描かれました。平蜘蛛を光秀に託した久秀、平蜘蛛が手に入らぬ事が悲しいのか、久秀に裏切られた事が悲しいのか慟哭する信長、平蜘蛛を手にした事が嬉しいのか、久秀に嵌められた事が心憎いのか、不気味に笑う光秀。信長の下を去った帰蝶。物語は大きな転換点に差し掛かった様です。」

「ドラマではわずかに触れられただけでほぼスルーされていましたが、この頃上杉謙信は本願寺の要請に従い上洛を目指していました。これに対抗したのが北陸方面を担当していた柴田勝家で、秀吉はその与力として派遣されています。しかし、軍略を巡って勝家と対立した秀吉は勝手に陣を引き払い、近江に帰ってしまったのでした。ドラマで光秀が言っていたように秀吉は信長の激怒を買いましたが、平謝りに謝ってなんとか許されています。一方の勝家は手取川で謙信と戦い惨敗を喫しました。織田家にとっては大変な危機に陥るところでしたが、なぜか謙信は能登へと引き返し事なきを得ています。」

「久秀が謀叛を起こしたのは、ドラマにあったように大和の支配を巡って信長が久秀の天敵、筒井順慶を身内(妹か娘を嫁がせた)にした上で大和守護に取り立てた事が直接の原因と考えられています。ドラマで久秀が言っていましたが、信長は能力主義者の様に言われていますが、最近の研究では実際には地縁、血縁を重視し、久秀の様な外様には冷たかったのが実情の様です。久秀の様にいったん信長の下に付いたものの叛旗を翻した者は意外なほど多く、その理由は外様に冷酷な織田家の下では自家を保てないと判断した事に依る事か多いようです。」

「では牢人から取り立てられた光秀はどうだったのかと言うと、実は光秀の妹(御妻木殿)が信長の側室になっており、これが信長のお気に入りで、光秀は一族に準じた扱いを受けていたという説があります。このあたりはドラマでは全く触れられていませんが、御妻木殿は何かと信長と光秀の橋渡し役になっており、そもそも光秀が織田家に仕官したのも、その後に異数の出世を果たした事も、彼女の存在が大いに貢献したのではないかと言われます。しかし、御妻木殿が亡くなると信長との繋がりが切れてしまい、外様に転落してしまった光秀は大いに落胆し、本能寺の変の遠因になったのではないかとも言われます。」

「いずれにしても信長を人事の天才の様に言うのは誤りで、実は他の戦国大名と大差はなかったのではないかという説が大勢を占めつつあるようです。ドラマで信長がなぜ誰もが自分に背を向けると言っていましたが、その理由は身内贔屓が過ぎる信長自身に原因があったという答えになりそうです。」

「久秀の最期については、平蜘蛛に火薬を詰め、首から吊して火を付けて爆死したという話が有名です。しかし、同時代資料にはそんな記述は無く、後世に創作された話の様です。実際、首は信長の下に届けられ、胴体は順慶によって埋葬されたという記録もあり、爆死はあり得ない事でしょうね。では平蜘蛛はどうなったかと言うと、久秀が落城前に自らの手で砕いたとする説、焼け跡から掘り出され信長の手に渡ったとする説、多羅尾某という武士が焼け跡から破片を拾い集めて復元し茶会で用いたという説、籠城前に友人に託したとする説などがあります。ドラマの様に光秀の手に渡ったというのは無論創作です。」

「帰蝶については最後まで信長に付いていくのかと思っていましたが、ここで離れてしまいましたね。高みにのぼり詰めた信長は、帰蝶でさえ制御が効かなくなってしまったという事でしょうか。ドラマの視聴者としてはもう少し信長、帰蝶、光秀のトライアングルを見ていたかった気がするのですが、ドラマを終息させるためにはこのあたりが引き時なのでしょうかね。ちょっと寂しい気もします。」

「たまの縁談については、ドラマにあった様に信長の仲立ちで忠興に嫁ぐことになります。後にキリシタンとなりガラシャと呼ばれる事になるのは有名ですね。いわゆる政略結婚でしたが、夫婦仲は良かったと言われます。もっとも本能寺の変後は微妙になっていくようですが、それはこのドラマの後の話ですね。」

「次回は信長の変容ぶりが明らかになる様ですね。神の怒りに触れるとはどういう事か、展開が楽しみです。」

 参考文献
「明智光秀・秀満」「明智光秀と本能寺の変」小和田哲男、「図説明智光秀」森祐之、「ここまでわかった 明智光秀の謎」歴史読本、「明智光秀」早島大祐、「本能寺の変」藤田達生、「信長研究の最前線1、2」日本史資料研究会

2021年1月 3日 (日)

麒麟がくる 第三十九回「本願寺を叩け」

天正三年(1575年)

義昭追放後も各地に残る反信長勢力。

 

本願寺。

信徒たちに仏敵である信長を討てと命ずる顕如。

 

権大納言、右大将に就いた信長。

 

美濃、岐阜城。

京から下ってきた実澄。

任官のご挨拶もせず岐阜に帰るとは何事、

もっと京に居て朝廷のしきたりに従って貰わねばならんと実澄。

判りました、これ以後は信忠が京の事は引き受けます、家督を譲り渡した故と信長。

信長殿はいつまで戦を続けるつもりか、

本願寺との戦も五年も掛かっていると帝が心配されていると実澄。

ならばお伺い申す、帝に献上した蘭奢待を毛利に授けられた由、

毛利は本願寺を裏から支える存在、いわば敵方、

そういう話を聞くに付け、このごろ帝の姿が遠ざっかて見えますると信長。

 

安土城を築き始めた信長。

 

天王寺砦を拠点に本願寺と熾烈な戦いを進める信長勢。

しかし、苦戦を強いられ、総大将の原田直政が討ち死にしました。

天王寺砦に籠城を強いられた織田勢。

負傷している光秀。

 

甲冑も着けず、救援に駆けつけた信長。

直政の家来を見て、お前達の中に一向宗の信者がおると言って、お前か彼らを折檻する信長。

それを止め、敵が思うたより強かったのでございますと光秀。

数では無い、気合いが足りぬのじゃ、信者ゆえ弾を込めずに鉄砲を撃っていた者が居ると聞く、

佐久間、これで本気と言えるかと信長。

今すぐ打って出よ、行け、行かぬかと命令する信長。

皆、疲れておりますると光秀。

ならばわしが行こうと甲冑も着けずに飛び出していく信長。

 

前線に立ち、自ら鉄砲を放つ信長。

遂に撃たれた信長。

倒れた信長を無理矢理砦の中に運び入れた光秀。

戦えと叫びつつける信長。

 

自らも倒れてしまった光秀。

 

板戸に乗せられ、京に戻った光秀。

驚いて飛び出して来た煕子やたまこ。

 

裸足で飛び出し、東庵の下に駆けつけた煕子。

 

光秀を診る東庵。

医者として手は尽くすが、後は神仏のご加護下さるようと東庵。

 

部屋から出る煕子。しかし、胸が苦しそうです。

そこに帰ってきた岸。

荒木の義父からお許しをもらいましたと岸。

岸を残し、出て行く煕子。

 

雷鳴轟く中、お百度を踏む煕子。

 

様子を見に出て、倒れている煕子を見つけた駒。

 

煕子を介護する駒。

取り乱した奥方様を初めて見ましたと駒。

強がっていただけです、本当は怖くて仕方が無かったと煕子。

質屋と言うものを教えて貰って、随分と助かりました、

色々な物を売った、売る物が無くなった時は髪を売った事もあると煕子。

 

明け方、目を覚ました光秀。

安堵する一同。

 

数日後、見舞いに来た信長と秀吉。

まだ辛そうな光秀。

本願寺を叩くやり方が判った、毛利だ、毛利が水軍で兵糧や弾薬を運び込んでいる、

九鬼水軍を使い、水路を閉鎖すれば本願寺は干上がると信長。

妙案でございますと光秀。

大和の守護である直政が討ち死にした、畿内の事ゆえそなたにも関わりがある、

後任には筒井順慶を就けようと思うと信長。

それでは久秀様のお立場がと光秀。

筒井様と松永様以外の誰かを守護に就けては、例えばこの私をと秀吉。

大和の国衆は家柄を気にする、そなたでは務まらぬと信長。

そこに現れ、あいさつをするたま。

たまを見て、良い娘じゃ、良き嫁ぎ先をさがしてやると信長。

そうじゃ、お前にも安土の城を見せてやろう、日輪の様に輝く大きく美しい城じゃと信長。

夢の様ですねとたま。

そうじゃ、夢の城じゃと信長。

普請奉行と天主の話を詰めねばならぬ、わしは行く、ゆるりと養生せいと信長。

帰り際、大和の話はやはり筒井に任せる、よいなと信長。

私は明智様とお話がと後に残った秀吉。

殿が自ら足を運ばれたとはよほどの事でございますな、天王寺で余程懲りられたご様子、

本願寺は手強いと申し上げても一向に取り上げられなかった、

少しは薬になりましたかなと秀吉。

苦しげにため息をつく光秀。

 

三河、岡崎城。

甲斐、武田の動きに目を光らせる家康。

長篠の戦い以来、信長様はこの三河に一顧だになされぬと築山殿。

織田様はいくつ手があっても足りぬのじゃ、気にするでないと家康。

叡山を焼き討ちにしたかと思えば今度は本願寺をお攻めになる、

まことに神仏も恐れぬ所業と築山殿。

その信長殿のご息女がこの徳川の嫁御、左様な話は聞きたくないと家康。

そのご息女に信康も足下を掬われぬ様にしませぬとなと築山殿。

そこに届いた初孫誕生の知らせ。

姫君と聞き、お世継ぎはお預け、どこまでも役に立たぬ嫁御じゃと築山殿。

 

菊丸を呼び、京の様子を聞く家康。

大和の守護に順慶を就けた事で久秀の動きが気になる、

ご家来衆の間でも尾張以来の譜代の方と新参衆の方たちとの間で意気込みが違う様子、

一枚岩とは言えないと菊丸。

この徳川をどう見ておられると家康。

正直に申し上げて、今は三河の事などお忘れではないかと、

信ずるに足るとすれば光秀様と菊丸。

やはりなと家康。

 

京。

胸の病で床に伏せった煕子。

伊呂波太夫の一座による鬼払いの儀式。

駒から習ったという踊りを披露する左馬助。

病魔退散と座敷に乗り込んでくる一座。

笑い合う光秀と煕子。

 

夜。

縁側に座り、一座が残して行った花びらを手にする煕子。

側に来てそっと抱く光秀。

かつて煕子が渡した温石を見せる光秀。

ずっと持っていたと光秀。

思い出を語り合う二人。

十兵衛様、世を平らかにする時現れるという生き物、

麒麟を呼ぶのがあなたであたならとずっと思っていましたと煕子。

あといくつ戦をしのげば戦のない世の中になるでしょうか、

岸やたまの子は戦を知らずに大きくなりましょうかと煕子。

光秀の胸で眠る煕子。

 

天正四年秋、生涯を閉じた煕子。

 

「今回は本願寺攻めから始まり、煕子が亡くなるまでが描かれました。途中随分と省略があり、コロナ禍の影響が見て取れる様な回でした。」

「まず大きな動きとしては光秀の丹波攻めの前に、長篠の戦いで武田軍を打ち破っています。ドラマでは築山殿の一言で済まされてしまいましたが、この戦いに光秀が参戦したという説と参戦していないという説があり、明確でない事から省略したのでしょうかね。」

「次いで、光秀は丹波攻めで多くの国衆を味方に付け、後は赤井直正の籠もる黒井城だけというところまで迫りました。しかし、黒井城の抵抗は強く、光秀は攻めあぐねます。そうこうしているうちに、味方であったはずの波多野秀治が裏切り、光秀はほうほうの体で坂本城に逃げ帰るという敗戦を喫しています。光秀にとっては大きな痛手だったのですが、先週にわずかに触れられただけでほとんどスルーでした。」

「本願寺攻めはその痛手が癒えぬ間に駆り出されたものですが、信長の有力武将の一人であった原田直政が討ち取られるなど惨憺たる有様で、天王寺砦は本願寺勢に取り囲まれ、陥落寸前の状況にありました。ドラマでは信長が単身で救援に現れていましたが、実際にも信長の救援によって光秀たちは九死に一生を得ており、この時信長が手傷を負ったのも史実にあるとおりです。」

「原田直政についてはほとんど知られていませんが、信長から南山城、大和、河内の三国の守護を任されたほどの人物で、光秀と並ぶかそれ以上の出頭人でした。彼が生きていれば歴史もまた変わっていたでしょうね。しかし、天王寺砦の戦いで直政はじめ一族の主立った者が討ち取られ、敗戦の責任を一方的に負わされる形で原田氏は没落したのでした。ドラマの様に家臣を信長が足蹴にしたかどうかは判りませんが、実質的にそれに近い仕打ちを与えたの確かな様です。」

「また、ドラマではスルーされていましたが、光秀は天正三年七月に日向守に任官し、姓を惟任に改めています。これは信長の命に依るものですが、朝廷から賜ったものでもありました。ですのでこの時期には明智ではなく惟任日向守と呼ぶべきなのですが、煩わしいので省略したのでしょうね。」

「光秀が倒れたのはドラマに描かれたとおりですが、それは狙撃されたからではなく、丹波攻めの敗戦から本願寺攻めへと続く激務と心労のためと考えられています。それと入れ替わるように煕子が倒れたのも史実にあるとおりで、看病の甲斐なく煕子は亡くなりました。紀行で紹介されていた芭蕉の句は光秀が貧しかった時に煕子が髪を売ったという故事を詠ったもので、献身的に光秀を支えた煕子を偲のんだものです。」

「なお、岸については信長から摂津を任されていた荒木村重の息子、村次に嫁いでいます。荒木の義父と言っていたのは村重の事です。このあたりスルーが多すぎて判りにくいですね。また岸というのもドラマでの呼び名で、実際の名前は伝わっていない様です。」

「次回は光秀が危惧していたとおり久秀が謀叛を起こす様ですね。予告編で信長がつぶやいた光秀が嘘の報告をしたというのも気になります。いよいよ信長と光秀の蜜月時代が終わりを告げるのかな。ドラマは終末に向けてますます加速して行く様です。」

 参考文献
「明智光秀・秀満」「明智光秀と本能寺の変」小和田哲男、「図説明智光秀」森祐之、「ここまでわかった 明智光秀の謎」歴史読本、「明智光秀」早島大祐、「本能寺の変」藤田達生、「信長研究の最前線1、2」日本史資料研究会

 

2020年12月27日 (日)

麒麟がくる 第三十八回「丹波攻略命令」

天正二年(1574年)三月。

 

蘭奢待を切り取った信長。

 

近江坂本城。

藤英の処分について信長から下された判断。

それは一両日中に自害せよというものでした。

 

庭に面した縁側。

藤英から生け花の手ほどきを受けるたま。

余計な花を切り落としたたま。

そこに現れた光秀。

嬉しそうに出来た生け花を父に見せるたま。

 

藤英「岐阜城から使者が参ったそうな。

   信長殿は私を斬れと申されたのかな。」

光秀「三淵様は公方様と文を交わし、信長様を討つ謀を進めておられる。

   その証拠が信長様の手に落ちた。

   何故信長様をさほどに敵視なされる。」

藤英「十兵衛殿が信長殿を選んだ様に、私は公方様を選んだ。それだけの事。」

光秀「私が堺に行った時、初めてお会いしてその立派な立ち居振る舞いを見て、

   これが将軍の奉公衆かと目を洗われる思いがしました。

   そのお方に死ねとは申せませぬ。信長様に直訴いたし、死一等を減じて頂くよう、」

藤英「その儀はお断りいたす。生ある限り信長殿に付く事はない。」

先ほどたまが切り捨てた花を手に、

「負け惜しみかも知れぬが、捨てられる花にも一度は咲いたという誇りがある様に思う。」と藤英。

 

その夜。切腹して果てた藤英。

 

天正二年、秋。

三好の一党と一向一揆の勢力を駆逐するため藤孝、信盛と共に河内に攻め込んだ光秀。

 

坂本城。

河内から帰城した光秀。

三好康長を討ち漏らした、また出直しだと光秀。

信長は長島の一向一揆を討ち果たしたと伝吾。

それは吉報と光秀。

実は急ぎお耳に入れたき事がと伝吾。

稲葉一鉄の家臣、斉藤利三が奥で待っていると伝吾。

 

奥の部屋。

利三と対面した光秀。

光秀「此度は馬を渡す、渡さぬで稲葉殿と争われたそうだな。」

利三「一貫やるから馬を寄越せと仰せになり、百貫でも渡せぬと申し上げると、

   この顔めがけて草履を投げつけられました。」

光秀「それで御主君を捨てようと?」

利三「我が主君は、土岐頼芸の家臣でありながら道三様に乗り換え、

   義龍様が有利と見るや道三様を見限り、

   龍興様に信長様が勝つと見るや龍興様を見捨てたお方でございます。

   侍たる者は、己の主君に誇りを持たねば戦で命を投げ打つ事は出来ませぬ。

   これまで稲葉様の盾となり戦ってきましたが、

   この顔に草履を投げられもはやこれまでと。」

光秀「しかし、何故私の所へ?」

利三「三年前の叡山焼き討ちの際、信長様は女子供まで討ち取れと命じられました。

   しかし、明智様はそうされませんでした。信長様の陣営にあって、それが出来るのは明智様だけかと。

   明智様が御主君なら、いかなる戦にも身を投げ打つ事ができる、そう思い、

   ご家来衆の末座にお加え下さりたく、なにとぞ。」

うーむ、と考え込む光秀。

 

後日、京、妙覚寺。

信長に呼ばれてきた光秀。廊下で南蛮人たちとすれ違います。

 

信長の部屋。

バテレンの土産物じゃと言って、世界地図を見せる信長。

イベリア半島の付近を示し、あの者たちはここから参ったのじゃと信長。

信長「地の果てから己の信じる神の教えを広めるためにはるばる参ったのじゃ、

   そなたと大きな国の話をしたが、あの者たちの志も大きい、話すと面白い。」

バテレンの菓子じゃと言って、金平糖を光秀に与え、食べるとポルトガルの味がするぞと信長。

信長「ところで今度はこの国の小さな、ささいな話じゃ。

   稲葉一鉄の家臣で斉藤利三と言う者がそなたの城に逃げ込んだであろう。

   訳は色々あろうが、稲葉が怒っておる。利三を稲葉に返せ。」

じっと黙り込む光秀。

信長「稲葉は美濃の国衆を良くまとめてくれている。つむじを曲げられては面倒。

   ここは事を穏やかに収めたい。」   

光秀「稲葉殿はあの御気性。帰れば利三は斬られましょう。事は穏やかに済みませぬ。」

信長「やむを得まい。一人の命のために、美濃の中を無駄に騒がせる訳にも行かぬ。」

光秀「殿が一人の命を大切になさると判れば、国衆はかえって殿を敬い、美濃は穏やかに治まりましょう。」

信長「わしは一人の命を大切に思うておる。それゆえ公方様も丁重に若江城にお移り頂いたではないか。」

光秀「丁重に?公方様は藤吉郎に城から引きずり出され、宇治から河内の若江城まで裸足で歩かせ、

   人々から侮りを受けさせられた。武家の棟梁たる人に対するとは思えぬ仕打ちでした。

   戦に勝っても、あれでは諸国の大名たちを心服させる事は出来ませぬ。」

信長「とにかく利三を返せ。」

光秀「その儀、ご容赦願います。」

信長「何?」

光秀「三淵様は理非をわきまえた立派なお方でした。それを殿は紙切れ一枚で処断なされた。

   一年後、二年後には幕府で培われた経験を生かして、共に世を治めて頂けたかもしれませぬ。

   そのお方を何故斬ってしまわれたのか。

   公方様が去られ、殿が武家の棟梁として皆の力を結集せねばならぬ時に。」

信長「もう良い。帰れ!」

光秀「帰りまする!」

そう言い捨てて、部屋を出て行く光秀。

近習「殿!」

信長「捨て置け、帰りたい者は帰れ!」

その後、うーん、うーんとうなり出す信長。

信長「ぐずぐずするな、呼び戻せ!」

とすぐに手のひらを返した信長。

 

再び現れた光秀に、これをやると言ってバテレン達が置いていった服を与える信長。

信長「今度は大きな話じゃ。」

近習が取り出した地図を前に、

「そなたは細川や佐久間たちと河内の国から三好の一党を追い払ろうた。見事じゃ。

 わしも伊勢の一向宗の息の根を止めた。

 すなわち、摂津の一向宗の総本山、本願寺を除いては南側の敵はほぼ押さえ込んだ事になる。

 手つかずで残ったのは西隣の丹波じゃ。ここは公方様の息の掛かった者が多い。難物じゃ。」

と信長。

光秀「難しい国でごさいます。」

信長「ここをそなたに任せる。与力として細川藤孝を付けてやる。どうじゃ?」

光秀「丹波を?」

信長「そなたなら出来よう。何年掛かっても良い。丹波を押さえ込め。

   利三の件はわしから稲葉に話しておく。」

自分の席に帰り、金平糖を頬張る信長。

じっと絵図を見る光秀。

 

坂本城。

光秀の部屋をのぞき込み、忍び笑いをしている岸とたま。

何がおかしいのですと煕子。

たま「父上が随分と妙なお姿で。姉上はどう思われます?」

岸「たまにはああいうお姿も良いかも知れぬ。」

たま「私は(眉間を指し)ここがむずむずいたします。」

笑いさざめく姉妹。

部屋を飛び出して来て、笑いをこらえている左馬助。

煕子「左馬助まで。さほどにおかしいのですか。あの出で立ちが。」

部屋から出てきた光秀。信長から拝領した南蛮の服を着て、靴まで履いています。

光秀「どうだ、奇妙か。」

笑い合う姉妹達。

大層お似合いでござます、都で見た南蛮人の様でございますと煕子。

うむ、と満足げな光秀。

吹き出す左馬助。

 

京、若宮御殿。

蹴鞠に興ずる若い公家衆。その様子を眺めている二条関白や信長たち。

誠仁親王「参議。そなたは蹴鞠はやらぬのか。」

信長「多少の心得はござますが、春宮様の様には。」

誠仁「腕前、披露せよ。」

信長「その儀は平にご容赦を。」

誠仁「今度来た時は容赦せぬぞ。」

誠仁「参議、先日届けてくれた瓜は大層美味であった。」

拝礼する信長。

二条晴良「しばし奥へ。」

 

奥の部屋。

晴良「帝におかれては一刻も早く、春宮に御譲位なせれ、上皇として古の鳥羽上皇の御代のごとく

   朝廷を力強きものにいたしたいとお望みのご様子。

   後は織田殿のご意志次第で私と実澄殿で準備に入ろうかと存じている次第。」

信長「それが帝の叡慮とあらば何の異存もございませぬ。ただ、御譲位とあらば新たな御殿や儀式に、

   一万貫は下らぬ費用が掛かりまする。

   それは今日明日にご用立てるとお約束いたす訳には参りませぬ。」   

晴良「織田殿にとって一万貫など物の数ではありますまい。」

実澄「信長殿はまだあちこちに敵を抱えておられる。その戦費もばかになりますまい。

   何も今すぐ御譲位なされずともと思われておられるのでは?」

信長「帝の叡慮がそこにごさるなら、時を移さず譲位なさるべきかと。」

満足げな晴良。

 

内裏。

帝「関白にはあせりがあると見える。」

実澄「関白は将軍足利家と繋がりがあり、何かと有利な立場でございました。

   しかし、今はその敵であった信長に付かねば立ちゆかなくなってございます。

   恐れ多くも御譲位を利用し、信長を手元に引き寄せたい思惑がある様に見受けられます。」

帝「信長はどうか。」

実澄「あの蘭奢待切り取り以来、二条関白と繋がりが出来た様で、

   朝廷の儀は万事関白に相談しておる由。」

帝「信長は公家達の暮らしが楽になるように様々な事をしてくれているが、

  関白に近づきすぎると足利家と同じ道をたどる事になるやも知れぬ。」

実澄「御意。」

帝「万葉好みのあの珍しき鳥はどうしておる。」

実澄「明智十兵衛にございますか。」

帝「信長の事を最も知っている男だと女官たちが申している。実澄、かの者と話したいと思う。」

実澄「はっ!」

 

伊呂波太夫の家。

太夫を訪ねてきた光秀。

太夫「所司代の一番のお偉方が御家来も連れずにお危のうございません?」

光秀「久しぶりに鼓の音が聞きたくなった。もしや近衛様が戻ってきておられんかと思ってな。」

太夫「危ない、危ない。もし今近衛様が京に戻っていると判れば、二条関白様が放っておきますまい。」

光秀「ではまだ丹波においでか。前久様の妹君は、丹波黒井城主である赤井直正殿に嫁がれた。

   そこを根城に動いておられるのは知っている。」

太夫「それで?」

光秀「もう一度お会いしたいのだ。」

太夫「何のために?」

光秀「太夫には頼み事ばかりで心苦しいが、他に手は無い。」

太夫「御自分で丹波にお行きになるおつもりですか。」

光秀「丹波の国をこの目で見てみたいのだ。」

太夫「敵ばかりですよ。」

光秀「それゆえ相談している。礼はする。」

太夫「礼は要りませぬ。その代わり前久様が京に帰れる様に信長様に頼んで見て下さい。」

光秀「それは難しい。」

太夫「駄目で元々。丹波くんだりで近衛家の当主が寂しく暮らしているのが哀れで。」

光秀「それは前久様に会ってからにしよう。」

太夫「では丹波の園部までおいで下さい。そこで会えるように前久様に話しておきます。」

光秀「丹波の園部か。誰か丹波の道に詳しい者は居ないか。」

太夫「丹波の裏道に詳しい者が居ますよ。駒ちゃんのところに。」

光秀「ん?」

 

東庵の家。

どうぞとなかに茶を出す菊丸。

なか「これなのよ、今私が欲しいと思っていたのは。先生、こんな人をうちにも欲しい、どこで見つけてきたの。」

東庵「見つけたと言うか、自分からブンブンの様に飛び込んできたのです。」

菊丸「そうです、私はブンブンです。ぶーん、ぶーん。」

なか「ハハハ、面白い。」

そこに訪ねてきた光秀。

出迎える菊丸。

旧交を叙す二人。

光秀「太夫から聞いておろう、また二人で旅をしようぞ。」

菊丸「丹波の園部まで。中で駒さんがお待ちです。」

 

駒の部屋。

光秀「商いは順調と聞いている。変わりは無いか。」

駒「菊丸さんが来てくれて随分と助かりました。」

光秀「それは良かった。」

駒「先日、枇杷庄へ行って公方様とお会いしてきました。とてもさみしいところで、

  公方様は涙ぐんでおられて、私も泣いてしまって。

  必ず京へ戻ると、諸国の大名たちと力を合わせて信長様を倒すと、

  その後も戦の話ばかりで。」

部屋の外から「あのー、明日丹波に一緒に行ってくれる芳三さんが、

       薬を納めてくる寺の名を確かめたいと言ってるのですが。」と菊丸。

駒「入ってきて下さい。言いますよ。観音寺と連光寺です。」

手控えにその名を記す菊丸。

その手元を見て、筆跡に心当たりがあった光秀。

 

反信長勢力の中心であった園部へ来た光秀一行。

光秀「そなたはこの国に詳しいそうだが、この国で私の話に耳を傾けてくれそうな国衆は誰であろうか。」

菊丸「丹波は難しい国でございます。船井の小畠永明様なら、あるいは。」

光秀「やはりそうか。さすがに詳しいな菊丸。判った、かたじけない。」

 

とある屋敷。

鼓を打っている前久。

光秀「まことにお見事にございます。」

前久「この国は退屈なのじゃ。鼓を打つくらいしか楽しみが無い。

   しかし、そなたが参ると聞いていささか光明が見えた。信長がこの国に攻め寄せるのじゃな。」

光秀「戦をするかどうかはまだ判りませぬ。その前にお聞きしておきたき儀がございまして。」

前久「ん?」

光秀「前久様は二条様に追われ、幕府に追われ、一向宗総本山本願寺に助けを求められた、

   その一向宗が信長様と戦うとその一味に加わり、その流れでこの丹波に来られた、

   しかと間違いはございませんな。」

困惑した様な前久。

光秀「今後、前久様はどちらにお付きになるおもりなのか、それをお聞かせ願いたいのです。」

前久「私は信長のごとき武将が好きなのじゃ。何の因果か、信長が二条と手を組んだ故に斯様な仕儀となった。

   しかし、すでに幕府は消え、二条も落ち目と聞く、この際信長に付かずして誰に付く。」

懐から絵図を取り出し、「まずは船井郡の小畠永明様に会わせて頂けませぬか。」と光秀。

前久「小畠?あれはさほどの力は無いぞ。」

光秀「会って話を聞いてみたいのです。丹波の民は何を望んでいるのか、幕府への年貢はどのように集められ、

   争いの元は金か領地か。川の氾濫も多いところと聞いております。治水はどうなっいるのか、

   我らがどう手を差し伸べれば争いが収まるのか。」

前久「その志は結構なれど、丹波は都に接した国ゆえ朝廷や幕府や、それに連なる諸大名との腐れ縁があり、

   利害も複雑にからんでおる。これを治めるには話をしていても始まらぬ。」

光秀「小畠に会わせて頂きとうございます。」

前久「会わせるが、小畠もこう言うであろう。一に戦、二に戦、話は戦に勝ってからだと。

   この国に一年も住めば良く判る。まずは戦じゃ。」

 

天正三年(1575年)夏。

丹波の国に攻め込んだ光秀。

敵が籠城したと聞き、苦しそうな光秀。

 

「今回は三淵藤英の切腹に始まり、斉藤利三の出奔、正親町天皇の譲位問題、そして光秀の丹波攻めに到るまでの過程が描かれました。藤英についてはドラマにあったように義昭方として信長と戦った後、一度は許されて信長の家臣となり、淀城を落とすなど戦功も挙げています。それが突然改易を言い渡され、坂本城預かりとなりました。最後は切腹して果てた訳ですが、そこまで追い込まれた理由は、はっきりとは判っていません。ドラマでは義昭と通じていたとありましたが、そう記した資料は無いようです。有能な幕臣として幕府を支え、義昭の挙兵の際は最後の一人になるまで抵抗を続けた気骨のある人だったのですが、後世にまで名が残らなかったのは敗者の側に回った人の常とは言え、気の毒な気もしますね。」

「斉藤利三については光秀の重臣として知られている割に登場が遅かったのですが、ドラマにもあったように元々が稲葉一鉄の家臣であり、光秀の家臣となったのがこの頃かと推測されているからです。有名な割に謎の多い武将で、いつ光秀の家臣になったかは判っておらず、少なくとも金ヶ崎の退き口の時には稲葉家の家臣であった事は確かな様です。光秀の丹波攻めでは活躍を見せているので、金ヶ崎から丹波攻めの間に家臣になったとすると、丁度ドラマに登場したタイミングに合うのですね。ドラマの様に一徹との間に諍いがあり、光秀の下に転がり込んだと言われますが、これも確かな資料があっての事では無い様です。また、なぜ光秀の下に行ったのかについては、利三の母が光秀の妹、あるいは叔母だったからだとも言われ、光秀とは何らかの縁戚関係にあったのかも知れません。」

「ドラマでは信長から利三を一徹に返す様に言われていましたが、これは本能寺の変の怨恨説の根拠の一つとしてよく取り上げられる話で、そこでは有能な家臣を持つ事は上様のためと反論された信長が腹を立て、光秀の頭を敷居に押しつけるという折檻を行い、これを恨みに思った光秀が謀叛に及んだと説かれます。ドラマの信長は折檻する代わりに難国と言われた丹波の計略を光秀に任せましたが、無論これは創作で、丹波計略は光秀の能力を高く買った抜擢とも言える人事でした。」

「丹波はドラマにあったように以前から幕府と関係の深い地で、信長と義昭の関係が良好な間は親信長派の国だったのですが、信長が義昭と袂を分かつと反信長派に立つ国人が多く、そこに元からあった国人同士の利害の対立が絡んで複雑な政治情勢をはらむ国となったのでした。前久が話し合いでどうにかなる国では無いと言っていましたが、実際にも一筋縄で行ける国では無く、光秀も苦渋を嘗めさせられる事になります。ドラマの最後で光秀が垣間見せた苦悩は現実のものだったのですね。」

「ドラマで光秀が接触を図ろうとした小畠永明は実在の人で、丹波計略の糸口として光秀が最も頼りにした国人でした。光秀は永明に先陣を命じる一方で、永明が負傷した時は見舞いの手紙を送ったり、自らが病に伏した時は回復次第丹波に向かうだろうと連絡するなど、永明を信長陣営に止めようという細かい気遣いを見せています。永明は有力な国人ではなかったけれども、そこに頼るしか無かったという所に光秀の苦労が偲ばれますね。」

「正親町天皇の譲位については、信長がより関係の良好だった誠仁親王への譲位を迫ったとする説と、年齢などの関係から譲位を願った天皇の申し出を信長が拒否したという説の二通りがあります。譲位に当たって多額の費用が必要だったのは事実で、上皇が住まう仙洞御所の建設、儀式に伴う諸費用など多岐にに渡っており、当時の朝廷の経済力で賄うのは無理でした。それが用意出来るのは信長を置いて他に無く、信長の同意なくしては譲位は出来なかったのは確かな様です。」

「次回は光秀が窮地に追い込まれる様です。辛い回になりそうですが、そこをどう乗り切ったかが見所となりそうですね。」

 参考文献
「明智光秀・秀満」「明智光秀と本能寺の変」小和田哲男、「図説明智光秀」森祐之、「ここまでわかった 明智光秀の謎」歴史読本、「明智光秀」早島大祐、「本能寺の変」藤田達生、「信長研究の最前線1、2」日本史資料研究会

 

2020年12月20日 (日)

麒麟がくる 第三十七回 「信長公と蘭奢待」

元亀四年(1573年)三月。

 

信長討伐の兵を挙げた義昭。

義昭の意を受け、上洛途上にあった信玄でしたが、三河から突然兵を引き上げます。

その隊列を見送る菊丸。

 

宇治、槇島城。

一向に姿を見せぬ浅井、朝倉、信玄に苛立ちを隠せぬ義昭。

そこへ攻め込んできた藤吉郎の手勢。

抵抗の術なく捕らえられた義昭。

 

城の庭。

信長の軍勢がひしめく中、現れた義昭。

それを待ち受けている光秀。

光秀に近づき、これからは我らの世でござると藤吉郎。

 

義昭を見て拝跪する光秀。

呆然と光秀を見下ろす義昭。

裸足で引き立てられていく義昭。

 

山城、伏見城。

投降した藤英。

上座に着き、兄と対面する藤孝。

藤英「義昭様は?」

藤孝「枇杷庄に移られた。信長様も命までは取らぬとの事。」

藤英「お主、義昭様や幕府の内情を、密かに信長に漏らしておったな。」

無言の藤孝。

藤英「いつから裏切り者に成り果てた!」

藤孝「私は政を行うには、時の流れを見る事が大事だと気づいただけです。

   この世には大きな時の流れがある、それを見誤れば政は澱み、滞り、腐る。」

藤英「それが公方様を裏切った言い訳か。」

藤孝「信長様からの御沙汰をお伝えします。私と二人で、岩成友通が籠城している淀城を落とせとの事。

   良き、機会を与えられました。これからは兄弟力を合わせて。」

無言で歯を食いしばっている藤英。

藤孝「淀城攻めの手はずはまた後日。私はこれにて。」

去り際、藤英を顧みる藤孝。

後に残り、ため息を付く藤英。

藤英「十兵衛殿、わし負け、お主は勝った。わしは二条城で死んでも良いと思った。

   説得に応じたのただ一つ、義昭様のお命を助けてもらえるかどうかだけ。」

光秀「我らの間に勝ち負けはございませぬ。あるのは紙一重の立場の違いだけ。

   この上は十兵衛光秀に力をお貸し下さいませ。」

藤英に頭を下げる光秀。

 

京。

町外れの町家。

外に干してあった三つ葉葵の手ぬぐい。

それを目印にやって来た菊丸。

町人姿の男相手に、

「信長が浅井、朝倉を討てなければ三河は危うい。

 信長が動けぬのは武田が居るからじゃ。」

そう言いながら、紙に信玄、病没と書く菊丸。

これを十兵衛光秀様にお渡しせよと命じる菊丸。

 

とある寺の門前。

光秀にわざとぶつかって来た親子連れ。

子供を気遣う光秀に、そっと紙を渡した男。

 

東庵の家。

尋ねてきた菊丸。

駒は留守だと東庵。

中で休ませて貰う菊丸。

鍼療治をうけているなか。

菊丸が遠江から来たと聞くと、徳川様はどうしていると尋ねるなか。

負けはしましたがご健在ですと菊丸。

突然、武田はどうした!と叫ぶなか。

驚く菊丸。

じっとしてと東庵。

なかの顔をそっとうかがう菊丸。

 

宇治、枇杷庄。

軟禁場所で文を書いている義昭。

訪ねてきている駒。

これをお返しに参りましたと虫かごを差し出す駒。

これを見よと上杉、武田、浅井、朝倉、毛利に宛てた書状を見せる義昭。

義昭「備えが整えば、今一度立つ。そして、信長を討つ。」

駒「このまま戦を続けて勝てるとお思いですか!」

義昭「この書状に返事が来るかどうか判らぬ、しかし、将軍である限り書き続ける。」

駒「では、将軍をお辞め下さい。初めてお会いしたとき、公方様はお坊様でした。

  大和の貧しい人たちに施しをしていらした。でも、自分の出来る事は限られている、

  仏とはほど遠い。

  そんなお方が将軍になられると聞いて、これからはきっと良い世の中になる、そう思いました。

  なのに、戦、戦、戦。」

義昭「辞められるものなら、そう思うた事もある。将軍として出来る事は何か、ずっと考えてきた。

   にらみ合う大名達に和議を勧めた、しかし戦は止まぬ。

   幕府の旗の下、武家が一つにまとまるように働きかけた、しかし、戦は止まぬ。

   これ以上わしに何が出来るのか、答えは出ぬ。

   だが、今、こうして大名達に戦のための書状を書いている、

   戦を終わらせるには戦をするしか無い、そう思うてこれを書いておる。」

じっと、哀れむ様に義昭を見つめる駒。

義昭「わしは駒を欺いてしまったのかもしれぬな。」

何か言いかけて止めた駒。

 

信長の宿所。

元号案を前に迷っている信長。

そこに現れた光秀。

信長「その後、山城の方はどうじゃ。」

光秀「愛宕郡の一乗寺城は説得に応じ、開城しました。城は破却してございます。」

信長「改元を言上した。本来これは将軍の役目、しかし、今や将軍はおらぬ。

   ならばわしがその役目を負わずばなるまい。」

光秀「仰せのとおり。」

信長「そうしたら見よ。早速朝廷から五つの案を出してきた。やはりこれだな、

   天が正しい、天正。どうだ。」

首肯する光秀。

信長「よし、決まりだ。」

光秀「時に、公方様をどうなさるおつもりでござますかございますか。」

信長「将軍?家来を何人か付けて、どこへなりとも追い払えば良い。藤吉郎に任せてある。」

信長を見上げる光秀。

信長「武田の事、聞いておるか。三河に入った後、急に兵を返したと言うが。信玄め、何があった。」

あたりの様子をうかがいながら、

「まだ確かな事は申せませぬが、信玄が死んだという噂がございます。」と光秀。

信長「何?」

 

天正元年八月。

浅井家の重臣が寝返ったという知らせを受け、近江に出陣した信長。

越前から出陣した義景。

浅井、朝倉連合軍と対峙した信長勢。

 

朝倉勢を破り、一乗谷に火を掛けた信長勢。

燃えさかる一乗谷。

 

最後の抵抗を図る義景。

その前に短刀を置いた景鏡。

義景「何の真似じゃ?」

景鏡「もはやこれまで。潔く腹を召されよ。」

義景「ばかな。ここでわしが腹を切れば朝倉家はどうなる。百年続いた朝倉家の名が絶え果てるのだぞ。」

景鏡「朝倉の名?この期に及んで。」

べーと舌を出す景鏡。

義景「お前、寝返ったな。」

「辛うございますが、これも戦の世。」

と言って部屋を出る景鏡。

義景「許さぬ!」

景鏡「お覚悟を。」

義景に向けられた数多の鉄砲。

義景「お主ら、誰に筒先を向けている。尊氏公から越前を与えられてから十一代、

   一乗谷に本拠を構えてから五代、わしは朝倉宗家、朝倉義景じゃ!」

鉄砲隊に采を振る景鏡。

滅亡した朝倉家。

 

小谷城を攻め落とし、浅井家も滅ぼした信長。

 

二百四十年続いた幕府が倒れ、群雄割拠の時代は信長による新しい時を迎えようとしていた。

 

朝倉家から没収した家宝を値踏みする宗久。

信長「十兵衛、これへ。」

信長「久秀が許しを乞うてきた。朝倉、浅井、幕府も今は無く、悟ったのあろう、孤立無援じゃと。

   どう思う?」

光秀「久秀殿は味方にすれば心強いお方。欲しいお方です。」

信長「ならば許すか。土産は城じゃ。」

光秀「城?」

信長「多聞山城を明け渡すと。」

 

宗久「さすがに五代続いた朝倉家、名品揃いでございました。

   これだけのものを一手に収められたのは、信長様の他にはございますまい。

   もはや、天下を取ったも同然。」

信長「蘭奢待、存じておるか。」

宗久「あの古めきしずかと呼ばれ、えも言われぬ香り。」

光秀「天下一の名香と言われる、伽羅の香木かと。」

宗久「代々続く、大きな事を成し遂げたものしか見る事叶いませぬ。」

信長「そのようじゃな。」

宗久「その蘭奢待が何か。」

信長「わしはどうかな、今のわしは蘭奢待を見るにふさわしいか。」

宗久「今やこの国の御武家衆で織田様の右に出る者はおりませぬ。何の支障もございますまい。」

信長「ならば一度見てみるか、どうじゃ、十兵衛。」

光秀「もし拝見となれば、東大寺はもとより、帝のお許しを頂かねばと。」

信長「帝か、帝はお許しになるであろう。」

 

廊下。

光秀「宗久殿はどう思われますか。殿は何をお考えなのか。」

宗久「公方様を追われ、浅井朝倉を滅ぼした。いわば一つの山の頂に立たれた、

   そういうお方であればこそ、見たい景色もあるという事でございましょう。」

光秀「まことに、そうであろうか。私に言わせれば頂はまだこれから、

   公方様を退け、どう新しい世を作っていくか、今はそれを熟慮すべき大事な時。

   まだ山の中腹なのです、頂きは遠い。」

宗久「なるほど。しかし、あのお方は今この場で自分の値打ちを知りたがっておられる。

   人の値打ちは目に見えませぬ。しかし、何か見える形でお知りになりたい、違いますかな。」

考え込む光秀。

宗久「見る景色が変われば人もまた変わるとか。御免下さいまし。」

 

内裏。

実澄「明日、信長が従五位下に叙され、腫れて昇殿が許される身となる運びでございます。

   将軍無き今、信長はしかるべき官位に就けねばなりません。」

帝「今、信長には勢いがある。天下静謐のための働きは見事である。褒美をやっても良い。」

実澄「仰せのとおり。」

帝「とは思うが、蘭奢待を所望と言うて参った。いかがであろうな。」

実澄「所望とはつまり、切り取りを許せと。八代将軍足利義政が拝観してより百十年、

   しかるべき者がしかるべき手順を踏んで初めて許されるものを。

   あまりにも急な申し出、しかも切り取り所望とは。あまりにも不遜の仕儀かと。

   お上がそれでよしと思し召しならやむを得ませんが。」

 

天正二年(1574年)三月二十八日。

東大寺正倉院。

読経が響く中、運び出された蘭奢待。

 

多聞山城。

信長の前に出された蘭奢待。

天下の名香をしげしげと眺める信長。

浄実「こちらが三代将軍義満公、こちらが六代将軍義教公、これは八代将軍義政公が切り取りし跡にございます。」

信長「その次がわしか。この信長にも是非拝領つかまつりたい。」

鑿が入れられた蘭奢待。

嬉しそうにそれを眺め、香りを確かめる信長。

 

信盛「殿もこれで歴代将軍と肩を並べられました。」

信長の前に置かれた蘭奢待の二つの断片。

信長「ひとつ、帝に差し上げよう。帝もきっとお喜びじゃ。」

 

内裏。

三宝に乗せられた蘭奢待。

驚く実澄。

帝「朕が喜ぶと思うたのであろうか、信長は。」

実澄「まことにもって恐れ多い事でございます。」

帝「毛利輝元が関白に、これを所望しておるそうじゃ。毛利に送ってやるが良い。」

実澄「毛利は目下、信長と睨み合っている間柄。」

帝「それは朕の預かり知らぬ事。毛利に送ってやれ。」

実澄「はっ。」

帝「織田信長、よくよくの変わり者よのう。」

 

坂本城。

急遽城を取り上げられ、光秀に預けられた藤英。

光秀「三淵様には一乗寺、静原の城攻めなど幾度もお力添えを頂いた、

   その三淵様の居城をいきなり取り壊されるとは。」

じっと琵琶湖をみつめる藤英。

光秀「信長様のお考え、時に計りかねる時がござてます。」

藤英「主とはそういうもの。その時にこそどう付き合うか、そこが家臣の器。」

光秀「家臣の器?」

藤英「もはや古い考えかも知れぬが。坂本城は良き城でごさるなあ。」

微笑む藤英。その横顔を見つめる光秀。

「今回は遂に信長に対して叛旗を翻した義昭が敗れ、浅井、朝倉家を滅ぼした信長が蘭奢待を切り取るまでが描かれました。京を追われた義昭でしたが、信長に対する戦意は衰えず、各地の戦国大名に御教書を濫発して再度の信長包囲網を築こうとします。そんな義昭を哀れみの目で見る駒。しかし、宗久が言っていた様に見える景色が変わると人も変わってしまうのでしょう、かつての生き仏の様な義昭の面影はどこにも残っていないのでした。」

「ドラマではもはや将軍など眼中に無いといった様子の信長でしたが、実際には追放までには随分と手間を掛けています。やはり、各地の戦国大名達の反発や妬みが怖かったのでしょうね。それに、将軍を追放した事を大義名分にされて攻められる事も警戒していたのでしょう。」

「まず、信玄が西上して来た時には、自ら人質を出してまで義昭と和議を結ぼうとしています。しかし、義昭がこれを断り館に立て籠もると、これを包囲した上で勅命を頂き和議を結びました。そして信玄が死んだ事を知らない義昭が槇島城に立てこもると、今度は直接城を攻撃し、義昭を降伏に追い込んでいます。この時も名目上は義昭の子を将軍の座に就けるという条件を示しており、幕府を滅ぼす意思は無いという形を取っています。」

「この時朝倉氏は何をしていたかと言うと、信玄の西上に呼応して近江に出陣していたのですが、なぜか突然に陣を引き払って越前に帰ってしまったのですね。信玄はこの裏切り行為を激しく責め、義昭も再度の出兵を催促していたのですが、義景は出てこなかったのでした。結果的にこの時の義景の行動が家臣団からの信頼も無くし、朝倉家の滅亡を早めたと言われます。もし義景が近江で頑張っていれば、歴史の流れも少しは変わっていたかも知れませんね。」

「良く義昭が京から追放された事で室町幕府が滅亡したという見方をされますが、最近の研究では義昭は京から落ち延びた後も征夷大将軍であり続けたという事実から、信長の勢力圏外においては幕府の権威は健在だったと考えられています。武田氏や上杉氏、毛利氏など反信長勢力をまとめ上げたのは義昭その人であり、義昭が将軍であったという事無くしてはあり得なかった事でしょう。将軍の下に武家が集い、将軍を支える機構が幕府とするならば、義昭が京を追われた後でも幕府は存在し続けたと言えそうです。」

「蘭奢待を信長が切り取ったというのは事実で、一般にドラマで佐久間信盛が言っていた様に、自らの権威が歴代の足利将軍家に並んだという権力誇示が狙いだったという見方がされています。一方で、蘭奢待が天皇の御物である事から、信長が提案した譲位を断った正親町天皇に対する示威行為だったとする説もあります。さらには織田家による大和国支配を安定させるため、大和の宗教的権威である東大寺に所領安堵を交換条件として蘭奢待切り取りを持ちかけ、ことさらに多聞山城(前の大和国の支配者であった松永久秀の居城だった城)で切り取りを行なう事で時代が変わった事を民衆に見せつけたという見方も出てきています。なおウィキペディアに依れば、蘭奢待の切り取りは実は頻繁に行われており、少なくとも五十回は切り取った痕跡が残っているとありますね。案外東大寺の坊様たちも、好き勝手な事をしていたのかなという気もします。」

「天正改元については、天皇の権限である改元に信長が介入したという天皇家への示威行為だとする説があります。しかし、改元は元亀は不吉であると考えた天皇家側から幕府に持ちかけていた事であり、自らが改元に関わった元号に固執した義昭がこれを拒否した事から実行されずにいたのでした。信長はこの流れを受けて改元を奏上したのに過ぎず、天皇家の意を受けての事でした。天正という元号を選んだのは信長に違い無いのですが、その原案はドラマにあった様に朝廷が作ったものであり、五つあった候補の内の一つでした。つまりは天皇家に対する示威行為という見方は成立しない事になりますね。」

「次回はいよいよ光秀による丹波攻略が始まる様です。やっと、光秀が能動的に動く場面が描かれるのかな。光秀がどんな手腕を発揮するのか楽しみですね。」

参考文献
「明智光秀・秀満」「明智光秀と本能寺の変」小和田哲男、「図説明智光秀」森祐之、「ここまでわかった 明智光秀の謎」歴史読本、「明智光秀」早島大祐、「本能寺の変」藤田達生、「信長研究の最前線1、2」日本史資料研究会

 

2020年12月13日 (日)

麒麟がくる 第三十六回 「訣別」

元亀二年(1572年)、冬。

三条西実澄の用人として御所に参内した光秀。

 

内裏。

玉座近くの廊下で控える光秀。

 

実澄「水を渡り また水を渡り 花を看 また花を看る

   春風江上の路 覚えず君が家に到る」

  「人は水の流れや花を看るとき、無心に時を過ごす。」

帝「いつの世もそうありだいものだ。朕もそうありたいと思うが、実澄はどうか。」

実澄「今日は庭に万葉の歌を好む珍しき鳥が舞い降りております。

   その事をお聞き遊ばれるのも一興かと。」

「かの者が参っておるのか。」と立ち上がり、御簾の外に文を落とした帝。

その文を光秀に持って行かせた実澄。

そこには、朕もまたこの詩のごとく日々生きたいと思うと記されていました。

「私もそのように生きたいと存じまする。さりながら迷いながらの路ででございます」

と御簾内に向かって言う光秀。

帝「目指すはいずこぞ。」

光秀「穏やかな世でございます。」

帝「その路は遠い。朕も迷う、しかし、迷わずにあゆもうではないか。」

感激のあまり頭を下げる光秀。

帝「明智十兵衛、その名を胸にとどめ置くぞよ」

喜びに打ち震える光秀。

 

光秀の館。

煕子に刀を渡したまま、放心した様に庭を眺める光秀。

そんな光秀に、勝家と信盛が来ていると告げる煕子。

我に返って、待たせてしまったなと光秀。

 

別室。

酒を飲んでいる三人。

藤吉郎「私ごとき成り上がり者が言うのははばかられますが、

    あえて申し上げます。お二人とも信長様におもねり過ぎる。」

勝家「黙れ。」

そこに現れた光秀。

光秀「信長様から文で詳細を伺っております。

   大和の国では筒井順慶様と松永久秀様があちこちで戦っておられます。

   河内の国にも飛び火し、私にも出陣の備えをせよとのご命令です。」

勝家「やっかいな話。殿は公方様の強いご意向ゆえ、松永を討つと命じられたが、

   いつになく歯切れが悪い。」

藤吉郎「それはやる気がないからじゃ。」

信盛「先ほど公方様にお会いして来たが、何としても松永を討ち取れ、

   明智殿にも知恵を借り、戦支度をせよときつく催促されました。」

光秀「松永、筒井両所には一度和睦をして頂いたが、しょせん水と油の仲。」

勝家「その上公方様は、兄君である先の公方様を討ち取ったのが松永だと思い込んでおられる、

   始末に負えぬ。」

信盛「始末に負えぬとは言葉が過ぎようぞ。」

藤吉郎「いや、始末に負えぬ。松永を討つ暇があったら近江の浅井を討つべきであり、

    越前の朝倉も討つべきでごさる。公方様はああ見えて油断のならぬお方じゃ。

    わしは公方様が浅井、朝倉に文を出し、上洛を促して折るのは掴んでいる。

    大和や河内に兵を出し、手薄になったところで近江を攻めようと言う魂胆と睨んでおりますが、

    如何か。」

勝家「わしはそこまで思うておらぬ。」

藤吉郎「それが甘いともうしあげておるのじゃ。」

勝家「何が甘い!」

「おー甘じゃ。そもそも柴田様も佐久間様も、本心で松永様を討ちたいと思いますか。」

と言い捨てて、厠へと立つ藤吉郎。

勝家「猿めが!」

 

夕刻。

光秀の館を後にしようとする勝家たち。

「一度申し上げようと思うていたのだが、比叡山を焼き討ちした折り、

 殿のご命令はことごとく切り捨てよというものであった。

 しかし貴殿は女子供を逃がし、その事をはっきり殿に申し上げられたと聞きました。

 こたびの戦も明智殿の思うところを、殿に直言して頂きたい。」

そう言って立ち去る信盛。

 

元亀二年から三年にかけて、大和、河内で順慶と戦う久秀。

その久秀を鎮圧に向かおうとしている幕府。

 

二条城。

登城した光秀。

庭で剣術の稽古をしている義昭。

藤英「義輝様が剣の達人であった事を気にされて、

   戦に行くにも多少の心得はあった方がよかろうと申されてな、

   ああして指南を受けておられる。」

光秀「兄君は兄君、義昭様は義昭様なのだが。」

藤英「私は良いことと存じている。諸国の大名に侮られぬ様にと公方様なりにお考えなのであろう。

   摂津殿を追い出してから、御自分の役割にお気づきになったのであろう。」

光秀を見て、そなたも手合わせをしてくれぬかと義昭。

その儀ばかりはご容赦をと光秀。

強引に立ち会いを望む義昭。

止むなく立ち会った光秀。

義昭を子供扱いにする光秀。

立ち会いながら、昔の義昭を思い出している光秀。

昔と違って、すっかり猛々しくなってしまった義昭。

 

光秀の館。

縁側で月を眺めている光秀。

隣に座った煕子。

光秀「昨日御所へ行った。御所で帝の声を聞いた。

   信長様が帝を敬っておられる気持ちが少し判った。

   我ら武士は将軍の名の下に集まり、世を平らかにすべき、そう思って来た。

   だが信長様はそう思っておられぬのかも知れぬ。」

煕子に膝枕をしてもらう光秀。

煕子「昨日、左馬助が坂本城がだいぶ出来たと喜んでいました。」

光秀「そうじゃ、一緒に城を見に行かぬか。」

煕子「は?」

光秀「城が出来たら誰よりも先にそなたに見せてやろうと。」

煕子「はい、うれしゅうございます。」

 

坂本城。

天主に登った光秀と煕子。

煕子と並んで縁側に立つ光秀。

光秀「ここから見ると、この城が湖に浮かんでいる様に見える。」

煕子「本当に。」

光秀「この城は水城。堀は外湖に繋がっている。そなたと子供たちを船に乗せ、

   月見にこぎ出していくのだ。そして、湖の上で子供たちに古き歌を教える。

   月は船、星は白波。」

煕子「雲は海、いかに漕ぐらん桂男は。」

光秀「ただ一人して。」

笑い合う二人。

光秀「必ずそなたたちをここに呼び寄せる。人質としてそなたたちを京に残せと、

   いくら公方様でもその儀だけは飲めぬ!」

煕子「この近江国は美濃の国と京との丁度中程でございましょうか。

   今、どちらに心引かれておられますか。」

じっと考え込み、「どちらも大事なのだ、どちらも。ただ、今のままでは済まぬやも知れぬ。」と光秀。

 

元亀三年春。

三好の一党と手を結んだ松永を討つべく出陣した幕府と織田の連合軍。

しかし、久秀を取り逃がし、戦を終えた連合軍。

 

甲斐、躑躅ヶ崎館。

信玄「このところ信長の動きが鈍い。公方様との足並みにも乱れがある。

   その公方様はわしに上洛せよとの矢の催促じゃ。出陣の機は熟したと思うがどうじゃ。」

一同「はっ!」

信玄「まず遠江に出て徳川家康を討つ!」

 

十月、京に向けて進撃を開始した武田軍。

 

岐阜城。

信長「十兵衛が坂本に居れば便利じゃ。呼べば翌日には来る。」

光秀「私も申し上げたき儀がございました。」

信長「まずわしの話じゃ。三日前、夢を見た。甲斐より大入道が出てわしを捕らえ、

   公方様の前に突き出すのじゃ、公方様は事もなげに、耳と鼻を削ぎ、

   五条の橋に晒せと仰せになる、そこで目が覚めた、恐ろしい夢じゃ。

   しかし、こう思うた。近頃わしは公方様に冷たく当たりすぎたかも知れぬ、

   そなたも目を通したであろう、公方様に送ったあの文を。

   いくつもの例を挙げて公方様をお諫めした。よく働いた家臣に褒美をやらず、

   己が可愛い思うた家臣にのみ金品を与える、

   わしの許しも得ず、諸国に御内書を送り、寺社の領地を没収している、

   お支えしているこの信長も面目が立たぬと。」

光秀「まことに手厳しい文でありました。」

信長「後で思った、どうも遠慮が足りなかったようじゃと。

   夢とは言え、あれでわしは鼻と耳を削がれる事になったのじゃ。」

そう言って立ち上がり、縁側に出て鳥かごを叩きながら、

「そこで思いついたのじゃ、この鵠を差し上げて日々の慰めにしてもらおうと。

 公方様も幾分ご機嫌を直して頂けるかと思うてな。」と信長。

信長「久秀を討てと命じられた時も、すかさず兵を出した。わしなりに気を使っておるのじゃ、

   そう思わぬか?」

光秀「気を使われるならば、親しき大名にも今少しお気を遣われるべきかと。」

信長「何?」

光秀「徳川殿の領地に武田信玄が攻め込んでいると聞きました。

   武田家の兵力は二万以上、家康殿の兵力はせいぜい七~八千、

   三千の援軍ではいくらなんでも勝ち目がございますまい。」

信長「仕方あるまい。こっちもギリギリでやっておる、朝倉が北近江に一万五千の兵を出し、

   明日、わしも出陣する、家康殿を助けても、わしが負けては元も子もあるまい。」

光秀「信長様には公方様が付いてあられます。その一声で畿内の大名達が集まりましょう。

   しかし、家康殿は信長様を敬い、頼りにされています、我らもどれほど家康殿に助けられたか判りませぬ、

   せめてあと三千、いや二千でも構いませぬ、援軍を。」

信長「十兵衛、夢の話をしたであろう、公方様がそこまで頼りになるお方か?

   信玄も、浅井も、朝倉も、皆公方様か上洛を促しておられる、

   わしを追い落とすおつもりか?」

光秀「その様な事は決して。公方様をお支えしているのは信長様と、公方様も良くご存じのはず。

   決して追い落とすなどあり得ませぬ。もしその様な動きがあれば、

   この十兵衛が食い止めてご覧に入れます。」

信長「以前、帰蝶が申しておった、十兵衛はどこまでも十兵衛だと。

   あの鳥を公方様にお届けせよ。」

その時入った、三方ヶ原で味方が負けたという知らせ。

驚愕する光秀。

 

京、東庵の家。

相変わらず丸薬の商いで忙しい駒。

そこへもたらされた義昭からの虫かご。

その中には、そなたから貰った銭で鉄砲を買う事をゆるして欲しいと書いた文がありました。

 

二条城。

鵠を持ってきた光秀。

義昭「この鵠は来るのが遅かった。」

光秀「はっ?」

義昭「もはやこの鳥を受け取る事は出来ぬ。わしは信長との戦を覚悟したのじゃ。」

光秀「公方様!」

光秀に信長から届いた文を投げつけた義昭。

義昭「信長がわしに寄越した十七箇条の意見書じゃ。罵詈雑言じゃ。

   帝への配慮が足りぬだの、将軍としての立場を利用して金銀をため込んでまことに評判悪しきゆえ、

   恥ずべきであると。もはや我慢がならぬ。今や武田信玄が上洛の途上にある。

   朝倉と浅井が信玄と呼応して、近江で信長を挟み撃ちにすると伝えてきておる、

   徳川も既に敗れ、松永も敵に回った。信長の命運は尽きた!」

光秀「松永様を敵に回すよう謀られたのは公方様ではありませぬか。」

義昭「謀ったとは何事。」

藤英「明智殿。上洛の折りには信長殿にはひとかたならぬ恩を受けた。

   しかし、このところの信長殿は帝、帝と御所の方ばかりを向いておられる。

   武家の棟梁など無きものかの様に振る舞われておられる、

   明智殿にも熟慮頂き、我らと共に公方様をお支え頂き、新しき世のための戦に馳せ参じて頂きたい。」

苦しそうな光秀。

光秀「戦に馳せ参じよと。誰との戦に?信長様と戦えと?」

藤英「明智殿は公方様にとって無くてはならぬお方。ここは何としてもご決心頂きたい。」

光秀「公方様、今一度、今一度、お考え直しを。」

義昭「決めたのじゃ。わしは信玄と共に戦う。信長から離れろ、わしのためにそうしてくれ。」

わななきながら嗚咽する光秀。

光秀「それば出来ませぬ。」

義昭「十兵衛。」

「御免!」と言い捨てて、部屋を出て行く光秀。

「十兵衛殿!」と後を追おうとする藤英。

「追うな!」と命じる義昭。

義昭「十兵衛は鳥じゃ。かごから出た鳥じゃ。飛んで戻ってくるやも知れぬ。」

嗚咽しながら廊下を行く光秀。

 

元亀四年(1573年)三月。

畿内の大名を集め、信長に兵を挙げた義昭。

 

「今回は信玄の上洛決行に気を良くした義昭が、信長に対して兵を挙げるまでが描かれました。信長と義昭の板挟みになった光秀は、苦悩したあげく義昭から離れる事を決意します。かつて志を同じくして将軍にまで登らせた義昭と訣別するのはさぞ苦しかった事でしょう。それにしても義昭の変貌ぶりはどうでしょう。かつて貧しい者の味方として将軍になると誓ったはずなのに、三年の間将軍の座に居た事ですっかり権力の虜となってしまったのでした。駒に送った虫かごが象徴的でしたね。」

「光秀が帝に会いに行ったというのは無論創作で、そんな事実はありません。正親町天皇は忠義な切れ者として光秀の名を胸に刻むと言っていましたが、史実では山門領を押領する困り者として記憶されていた事でしょう。所領を光秀に奪われかけた廬山寺が、正親町天皇に働きかけて綸旨を賜って事なきを得たのは以前に書いたとおりです。ただ、正親町天皇が光秀の名を知っていたのは事実で、妙なところで平仄を合わせてくるのがこのドラマらしいですね。」

「信長が義昭に十七箇条の意見書を叩き付けたのは事実で、内容はドラマで義昭が罵詈雑言と言っていたとおり義昭の行動を一々取り上げては非難したものです。最後には世間では農民までが義昭を悪御所と呼んでいる、なぜそう呼ばれるのかその理由を良くお考えになられた方が良いとまで書かれているのですから、そりゃ頭にも来るでしょうね。この意見書が元々亀裂の入っていた二人の仲を決定的に引き裂いたのは確かで、一説には信長が将軍である義昭と戦う事を正当化するためにその悪行を世間に向けて発信したのではないかと言われています。」

「光秀の立場はと言うと、これも以前に書いたようにこの意見書が出される前から暇乞いを出し、穏便に義昭の下を離れようとしていました。しかし、義昭がそれを許さなかったらしく、幕臣としての活動はその後も続いていた様です。しかし義昭が信長に対して挙兵すると、躊躇無く信長方として活動して、義昭方の城を落としています。この事からして、ドラマで描かれたような苦悩は光秀には無かった様ですね。」

「坂本城は今はわずかに湖底に石垣の痕跡を残すだけですが、同時代資料には安土城に次ぐ豪壮華麗な城と記されています。しかも安土城が築かれたのは坂本城より後ですから、完成当時には他に並ぶものが無いほどの見事な城だった事が伺われます。水城だと光秀が言っていましたが、堀から琵琶湖に船が乗り出せる様になっており、湖上交通を確保する役割を担っていました。この城一つとっても光秀が信長から託された期待の大きさと責任の重さを伺わせるに十分足りる事でしょう。義昭を見限って信長に付こうとしたのも無理なからぬ話だと思います。」

「信玄が軍事行動を起こしたのには、上洛説と遠江を確保するのが目的だったとする説の二通りがありますが、今は上洛説の方が優勢の様ですね。それは信玄が朝倉義景と連絡を取っていた形跡があるからで、その途上で家康を完膚なきまでに破ったのはよく知られる事実です。この信玄の快進撃があったればこそ義昭は挙兵に踏み切ったのであり、信長は東西北から敵に包囲されるという危機的状況にありました。このとき義昭には十分な勝算があった事でしょう。これがどいう経過をたどるかは次回に描かれる様ですね。」 

参考文献
「明智光秀・秀満」「明智光秀と本能寺の変」小和田哲男、「図説明智光秀」森祐之、「ここまでわかった 明智光秀の謎」歴史読本、「明智光秀」早島大祐、「本能寺の変」藤田達生、「信長研究の最前線1、2」日本史資料研究会

2020年12月 6日 (日)

麒麟がくる 第三十五回「義昭、まよいの中で」

元亀二年(1571年)秋。

 

京、光秀の館。

坂本城の縄張り作りに励む光秀。

その図面を見る岸とたま。

岸「このお城から近江の湖は見えますか」

光秀「天主に登れば見える。」

嬉しそうな岸とたま。

そこにたまを呼びに来た煕子。

東庵の所に釣れていくためでした。

城の図面を見る煕子。

煕子「これが坂本のお城でございますか」

光秀「そうだ。だが、気が進まぬ。」

煕子「どうしてですか」

光秀「住むのはここが良い」

煕子「上洛してからわずか三年で城持ちの大名になられる、家中の者は皆喜んでいます。」

なぜか浮かぬ顔の光秀。

そこへやって来た藤吉郎。

 

藤吉郎「明智様の胸のすくお働きぶり、織田家中でいまだ城持ち大名になった者は一人も居りませぬ。」

藤吉郎から預かった文を見て、

光秀「これが信長様のお下知か」

藤吉郎「帝をお支えする公家衆が食うにも困るほどの貧乏暮らしゆえ、なんとか助けてやりたい、

    それゆえ明智様と私とで知恵を絞れとの事。」

光秀「洛中洛外の田畑より一反あたり一定の割合で税を取り立て、それを富裕の者や寺に貸し付け、

   その利息を公家衆に与えよとある、また、帝の妹君の御料地を幕府が勝手に奪い取っている、

   それを奉公衆から取り返し、幕府の者を処罰せよとある。」

藤吉郎「殿は朝廷の方々にどう喜んで頂くか、それで頭がいっぱいのご様子。」

光秀「これでは幕府に喧嘩を売っているようなものだ。」

藤吉郎「よろしいではないですか、明智様もそうしてこられた。

    もはや殿は公方様や幕府なんぞはどうでもよろしいのです。

    朝廷と共に敵を討ち果たし、天下を治める、それで結構ではありませぬか。」

光秀「それは違う。公方様を頂く幕府が、諸国の武士を束ねてこそ世が治まるのだ。

   今、幕府は病んでいる、それを正せば、」

藤吉郎「正せますか?幕府はもう百年以上内輪もめや戦に明け暮れてきました。

    私は幼きころから百姓の下働きをして育った、だから公方様や幕府のありがたさが判らぬ、

    それゆえかえって世が良く見えます。幕府はそろそろ見限り時かと。」

じっと藤吉郎を見つめる光秀。

 

二条城、政所。

幕臣たちが居並ぶ前で話し出す晴門。

晴門「四日後、本国寺で茶会が開かれる、その席で明智を討つ。

   明智は幕臣でありながら信長の朝廷寄りの政を我らの頭越しに行っている、

   まずは明智を討って織田の力を削ごうと思う。」

家臣「織田との戦を覚悟しなければなりませぬ。」

晴門「甲斐の武田がいよいよ動く、浅井も朝倉も一度に襲いかかる手はずを付けた、

   ここは前に進むよりない。」

 

東庵の家。

すっかり傷が治ったたま。

駒に礼を言うたまと煕子。

煕子「京に参ってから一度はご挨拶にと思っていたのですが。」

駒「こちらこそ薬の商いで忙しくて。」

そこに聞こえて来たけたたましい声。

東庵を呼びながら入ってきた老女。

なか「東庵先生はどこ?今日は東庵先生に鍼を売って貰う約束だったのに。」

ふとたまに目を止めで、煕子に、

たま「可愛いお子だ事。あなたの子?」

うろたえ気味に、はいと答える煕子。

「先生はすぐ帰ってくる、じゃあ待たせてもらう。」

と座り込むなか。

たまの前にお手玉があるのを見て、

「お手玉をやっていたの、やってご覧なさい。」

と命じるなか。怖がってじっとなかを見るたま。

なか「やってご覧なさい!」

駒「あちらに薬を作る小屋がごさいます、今は誰も居りませんので。」

なか「私はいつも来ているの。私がうるさいから向こうへ行けと言うのでしょ。

   みんなそう言うの、せがれの藤吉郎も。私だってみんなと話がしたいんですよ。」

と一方的には話し続けるなか。呆然と見つめる煕子。

なか「私の息子は、木下藤吉郎と申しますの。」

煕子「木下様。」

と頭を下げる煕子。

なか「京ではせかれの名前を言うと誰でもご存じなの。

   織田の殿様から近江の横山とかいうお城を任されて、とんでもない出世頭だとか。

   でも、出世をするのもほどほどが良い。周りの妬みがね。

   でも、うちはまた良いほう。坂本の城主になられる光秀様は幕府に睨まれ、

   奥方やお子を人質として京に残せと言われて、仕方なく留め置かれるとか。

   これも公方様の妬み。」

なかの話を複雑な思いで聞いている煕子。

そこに帰ってきた東庵。

さっそく東庵に診察を願うなか。

その様子をじっと見つめる駒。

 

二条城。

写経をしている義昭。側で墨を擦る駒。

しかし、書き損じが多く、それを墨の濃さのせいにする義昭。

駒「これ以上、手が痛くて刷れませぬ。」

義昭「何をいらいらしておる、今日のそなたは奇妙じゃ。」

「奇妙なのはどちらでごさいますか。」

と、いつになく強い調子で言い返す駒。

義昭「申してみよ、今日はわしに言いたい事がありそうじゃ。」

駒「明智様が坂本にお移りになると聞きました。しかし、奥方やお子たちは一緒に行けないそうです。

  それは公方様が人質として京に留め置くようお命じになったからです。」

義昭「それがどうした。」

駒「それほど十兵衛様を疑っておられるのですか。公方様に刃向かうかと。」

義昭「十兵衛がそうでなくても、信長が信用出来ぬ。摂津たちが騒ぎだした。」

駒「公方様は十兵衛様を大事に思われていたではありませぬか。

  お身内を引き裂くような事をなされば、きっと十兵衛様は公方様から離れてしまいます。

  それてよろしいのですか。」

義昭「仕方があるまい。幕府を動かしているのは摂津たちじゃ。所詮十兵衛はよそ者じゃ。

   摂津が十兵衛を追い出したいと言えばやむを得ぬと、斬りたいと言えばそうかと言う他あるまい。」

駒「斬りたい?」

義昭「例えばの話じゃ。わしはそういう摂津が嫌いじゃ。しかし、摂津を遠ざけてどうなる。

   わしには味方が誰も居らぬ。憎くても嫌いでも、摂津を側に置いておくほかあるまい。

   十兵衛は坂本へ行くと決めた、わしから離れるつもりぞ!」

紐を取り出して首に巻き付け、

義昭「わしは時折、自分の首を絞めたくなる。何が大事で何が大事で無いか迷うのじゃ。

   摂津はわしが優柔不断だと責める。責められても言い返せない自分が口惜しい。

   駒、わしの首を絞めてくれ。いっそ絞め殺してくれ。」

泣きながら義昭を見つめる駒。崩れ落ちる義昭。

 

伊呂波太夫の館。

新しく入った子に化粧をしてやっている太夫。

そこにやって来た駒。

「お願いがあります。十兵衛様を討ち取ろうという者たちが居ます。

 どうしたら良いか判らなくて。」

と言いながら銭の入った袋を差し出す駒。

「これで私に?」

と困惑した様な顔で駒を見つめる太夫。

 

本国寺。

暗い部屋の中でじと潜む晴門たち。

 

中庭。

しつらえられている舞台。

廊下で人待ち気な藤孝。

そこにやって来た光秀。

藤孝を見て意外そうな光秀。

「伊呂波太夫が風流踊りを披露すると言うので、城から馬を飛ばして参りました。」

と言い訳がましく言う藤孝。

「ほう、太夫が。」と不審げな光秀。

藤孝「今日の茶会にはお出にならぬ方が良い。晴門が貴殿を斬るつもりらしい。すぐ引き返されよ。」

じっと耳を傾けている光秀。

藤孝「表に私の家臣を集めているが、摂津の家臣が総出で寺の門を固めている。もはや誰も出入り出来ぬ。」

光秀「それで左馬助が足止めされたのか。」

藤孝「兄も茶会に呼ばれている。兄は摂津と距離を保っている。説得して味方に付ければ。」

光秀「公方様は?」

藤孝「奥の部屋に居られるそうじゃ。」

「ご厚意かたじけない。心して参ります。」

と言い捨てて、奥へと入っていく光秀。

その後ろ姿を不安げに見つめる藤孝。

 

周囲に気を配り、用心深く廊下を行く光秀。

部屋に潜む晴門の家臣たち。

不意に突き出された槍。

危うく躱した光秀に襲いかかる武士。

応戦する光秀。

再び突き出された槍。太ももに傷を負った光秀。

囲まれた光秀。

乱闘。

足を引きずりながら義昭の下へと急ぐ光秀。

義昭の部屋へとたどり着き、義昭に「明智十兵衛にごさいまする」と拝跪する光秀。

おののきながら、「何事じゃ!」と叫ぶ義昭。

光秀を追ってきた武士達に、下がれと命じる義昭。

しぶる武士達を、下がれ、下がれ!と追い返した義昭。

面を上げよと光秀に声を掛ける義昭。

痛む右足をかばいつつ、なぜか笑っている光秀。

義昭「何がおかしい?」

光秀「三年前にもこの本国寺で大騒ぎがあった事を思い出しまして。」

意外そうな義昭。

光秀「三好の一党に襲われ、公方様と一緒に穴蔵に逃げ込みました。」

義昭「そうであった。」

光秀「今日は私が命を狙われ、この穴蔵に逃げ込んだ次第。事情は似ています。」

光秀の傷を見る義昭。

光秀「三年前の穴蔵は、いささか恐ろしくはありましたが、楽しい思い出でもあります。」

義昭「楽しい?」

光秀「公方様はこの都は穏やかでなくてはならぬと仰せられ、

   私も父から都は美しきところであったと聞かされたと申し上げました。

   花の咲く都にまた戻さねばと。公方様と私は同じ思いで、何もかも新しく。」

義昭「わずか三年で、何もかもが古くなった。」

義昭ににじり寄り、「今日はその事をお話に参りました。」と光秀。

光秀「上洛してから三年、そしてこの三年、古きものを捨てる良い機会ではありませぬか。

   摂津殿や幕府内の古き者たちを。」

義昭「捨て去ってどうする?信長が好き勝手に京を治めるのを見ておれと申すのか!」

光秀「私がそうならぬよう務めます。信長様が道をはずされる様なら、

   坂本の城を返し、この二条城で公方様を御守りいたす所存。

   越前を出るとき、己に言い聞かせました、我ら武士は公方様をお守りせねばと。」

ついと立ち上がり、じっと光秀を見下ろして、

「その傷で茶会に出る訳には参るまい、今日の茶会は取りやめじゃ。」と義昭。

そこにやって来た藤英。

義昭「今日の茶会は取りやめじゃ、摂津にそう伝えよ。」

藤英「摂津殿には先ほどお会いしました。茶会とは思えぬ物々しさ、

   取りやめと伝えても引き下がるとはお姉ませぬ。」

義昭「引き下がれねばどうする。」

藤英「弟、藤孝の家臣たちが門前に控えておりまする。御下知とあらば、

   その者たちを中に入れたく存じますが。」

義昭「やむを得まい。そなたに任せる。」

藤英「万が一、摂津殿が従われぬ場合、如何取り計らいましょうか。」

義昭「従わねば捕らえよ!政所の任を免ずる。」

藤英「ただちに。」

と言い捨てて、出て行く藤英。

じっと、義昭を見上げている光秀。

義昭「今日の茶は、飲んだところで苦い茶であったろう。」

光秀を見下ろしながら「ただ言うておくぞ。信長とは性が会わぬ。会った時からそう思って来た。

三淵や、そなたが頼りじゃ。」と泣きそうな義昭。

 

晴門の部屋。

踏み込んだ藤孝の家臣達。

藤英「公方様の御上意じゃ。神妙に受けられよ。」

「なぜじゃ、なぜじゃ。」と逃げだそうとする晴門。

捕らえられる晴門。

 

数日後。

伊呂波太夫の館。

太夫を訪ね、礼を言う光秀。

駒ちゃんに頼まれただけですからと太夫。

太夫「幕府のお偉い方たちがごっそり抜けて、十兵衛様の肩が益々重くおなりでしょう。」

光秀「肩が悲鳴を上げております。」

光秀「以前、太夫から帝は美しい方だとお伺いしたが、信長様は帝にお褒め頂くのが何より嬉しいと、

   御所へ足繁くお通いになっている。武士にとっては公方様がそうであると私は思うのだが、

   しかし信長様は帝に、やはり判らない、太夫は帝をどういうお方だと、よくご存じですか。」

太夫「以前お話したとおり、一度声を掛けて頂いただけです。」

「つまらぬ事を聞いた、ではこれで。」

と辛そうに立ち上がり、足を引きずりながら出て行こうとする光秀。

その光秀に背中越しに、

「この近くに、帝の覚えめでたき人が居ますよ。」

と声を掛ける太夫。

思わず振り返る光秀。

「これからその方に栗を届けようと思っていたところです。」と言って光秀の方に振り返り、

「お会いになってみます?」と太夫。

 

三条西実澄の屋敷。

太夫の持ってきた栗をほおばる実澄。

太夫「明智様は帝の事をお知りになりたいそうです。」

光秀「古今和歌集を極められた高名なる三条西家のご当主と聞き及び、

   何事も学ぶべしとお伺いしました。」

黙って栗を食べ続ける実澄。

太夫「何がおっしゃって下さいな。」

実澄「何をだ。」

太夫「私にいつもおっしゃている、帝の事ですよ。お心に一点の曇りも無い、

   古の帝にも比すべきお方だと。」

実澄「それで全てじゃ。」

太夫「え?」

実澄の傍らに積んである本を見て、「それは万葉集ですか。」と光秀。

実澄「万葉の歌詠みでは誰がお好きじゃ。」

光秀「柿本人麻呂に尽きるかと。」

実澄「何故。」

光秀「国と帝、家と妻への思い、そのどちらも胸に響く歌と存じまする。」

上目遣いに光秀を見る実澄。

 

内裏。

参内し、帝に拝謁している実澄。

帝「実澄の家に明智が参ったのか。」

実澄「明智をご存じでしたか。」

帝「近頃、その名をよく耳にする。信長が一目置く武将だと。

  それを実澄は追い返したのか。栗を食べるのに忙しゅうてと。」

実澄「追い返しはしませぬ。柿本人麻呂の歌が良いと申しますので、いかなる歌が良いかと問うと、

   二~三首よどみなく挙げ、それには私も同感でした。久しぶりに歯ごたえのある武士にあったと、

   そう思いつつ栗の歯ごたえも良く、気がつけば日が西に傾いておりました。」

帝「何用あって参ったのか。」

実澄「お上がいかなるお方かお聞かせ願いたいと。」

帝「明智を気に入ったのであろう。」

息をのむ実澄。

帝「折りを見て連れて参るが良い。」

「はっ。」と意外そうな実澄。

 

雪の日、光秀の館。

雪の中、尋ねてきた太夫。

太夫の用件は、実澄のお供として帝に会いに行かないかという事でした。

驚く光秀。

 

後日。実澄の館。

狩衣をまとった光秀。

如何にも三条西家の用人の様だと笑う太夫。

これで御所へと光秀。

うむと実澄。

 

「今回はいよいよ幕府と信長の亀裂が深まり、その魁として光秀を亡き者にしようとする晴門一派と、その狭間で苦悩する義昭の姿が描かれました。結果として晴門の企ては失敗に終わり幕府から排除されましたが、義昭の心は完全に信長から離れてしまいます。益々肩の荷が重くなった光秀ですが、信長が敬愛する帝とはどんな人物なのか知ろうとします。」

「今回はほぼ創作の回で、光秀が暗殺されかけたという事実はありません。でも、ここでも史実との摺り合わせは行われており、晴門はこの年に義昭から逼塞を命じられ、実際に政所執事の地位を失っています。こんな細かいところを詰めてくるところがこのドラマの面白いところですね。ただし、その理由は職務上の過失があったためで、光秀と対立があった訳ではありません。」

「三条西実澄を登場させたのも絶妙なところを突いており、これまでドラマに登場した人物と意外な交流を持っている人です。例えば、ドラマの前半で登場していた稲葉良通の妻が実澄の娘であり、その二人の間に出来た娘、つまり実澄の孫が光秀の家老、斉藤利三の妻です。また、光秀の盟友、細川藤孝に古今伝授を授けたのも実澄です。さらには信長とも親しかったらしく、信長の推挙により内大臣にまでなっています。実際に光秀が会っていたかどうかは判りませんが、間接的に光秀に近い人物だったので何らかの交流があったとしても不思議ではありません。これまでドラマや小説に取り上げられた事は無かったと思いますが、こういう人物にスポットライトを当てるのはこのドラマならではの事でしょう。」

「ドラマの義昭の苦悩は頂点に差し掛かりましたね。懊悩したあげく、駒に殺してくれと迫るあたりは可哀想になる程でした。こんな人物を将軍にしてはいけませんね。幕府の内にも外にも頼りになる味方は無く、わずかに藤英と光秀だけが頼みの綱といった状況です。その光秀も義昭に忠誠を誓いつつも信長も気に入っており、信長の敬愛する正親町天皇とはどんな人なのかを知ろうとします。帝の声を聞いた光秀がどんな反応を示すのか、次回の演出が見物ですね。」

参考文献
「明智光秀・秀満」「明智光秀と本能寺の変」小和田哲男、「図説明智光秀」森祐之、「ここまでわかった 明智光秀の謎」歴史読本、「明智光秀」早島大祐、「本能寺の変」藤田達生、「信長研究の最前線1、2」日本史資料研究会

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