令和6年7月22日、祗園祭・後祭の宵々山を訪れてきました。この日は昼から強い雨が予報されており、実際隣の大津市では豪雨となったのですが、幸いな事に京都では雨を免れ、無事に祭りの宵を楽しむ事が出来ました。
その代わりという事か、この日の京都は38度まで気温が上がり、夕方になっても暑さは収まりませんでした。まあ宵山が蒸し暑いのは毎年の事ですが、年々酷くなっているのを実感します。
前祭の宵山にも来るつもりでしたが、雨の予報だったのと連休に重なったため人出が半端ないと思われたので、今年は敬遠しました。実際凄い混み方で、特に15日は豪雨にも見舞われ大変だった様ですね。後祭の宵山は屋台も無く、四条通の歩行者天国も無いのですが、人出はずっと少なく、宵山の風情を味わうにはこちらの方が向いています。
中でも子供たちが歌ううそく売りの童歌は、宵山らしい情緒があって良いですね。ここ南観音山ではコロナ禍以降暫く途絶えていましたが、今年は可愛らしい歌声を聞くことが出来ました。以下動画出その様子をご覧下さい。
今年はいつにも増して幼い子達ばかりでしたね。暑い中、ずっと歌い続けるのはさぞかし大変だった事でしょう。でもこの歌を聴くと宵山に来たなあという気分になります。
すこしあれっと思ったのは南観音山の拝観は日中だけのはずだったのてすが、この日は上っている人が居ましたね。ルールが変わったのかなと思ったのですが、ここには2年前に入っているので特に確認せず、スルーしました。
2階にご神体が展示されているのが橋弁慶山。実はここのちまきを買う予定だったのですが、なんと既に売り切れていました。他の山でも売り切れているところがあり、宵々山で無くなるとは大した人気ですね。あるいは宵山用には別に取ってあるのかな。
毎年見に来るのを楽しみにしているのが黒主山のご神体。大友黒主が桜を見上げているところなのですが、巡行中はあまり判らないのですよね。会所で見ると非常に格好良く、なかなか絵になるのが気に入っています。
役行者山に来ましたが、ここは会所が新しくなっていましたね。調べてみると2年前にリニューアルしたようです。常設展示場とホームページにはあるのですが、祭りの期間以外でも見せて貰えるようになったのかな。触れると全身の凝りが消えるという行者石も置いてありました。 これも以前は無かったと思うのですが、どうだったかな。
黒主山の近くには、今年も誉田屋源兵衛の上り鯉がありました。2008年に創業270年を記念して始められたイベントで、今年で16年目を迎えますね。毎年1匹ずつ書き加えられて行くというのが趣旨ですが、今年はどこに増えていたのかしらん。
立身出世の御利益があるという鯉山です。リタイアした私には縁の無い山となってしまいましたが、息子達のためにと拝観してきました。ここで子供たちの歌に誘われて献灯をしたのですが、背後に居た女性が軽く頭を下げてくれました。その柔らかい所作を見て、ああこの人京女だなあとふと思ったのです。どこか雰囲気が似ていた小学校の同級生を思い出したのですね。その子は決しておしとやかでは無かったのですが、聡明で人の痛みの判る子でした。仲の良い女友達の一人で、京都の路地裏で他の友達と一緒にドッジボールをしたり、自転車で走り回ったりしたものです。男の子にも遠慮しないけど、決してがさつではなく、ちゃんと芯が通っていて、そのくせ思いやりも深く、私の中で京女と言えばその子です。中学校で別々になってから何十年と会っておらず、ずっと記憶の底に沈んでいたのですが、どういうものか急に蘇ったのですね。これも宵山という京情緒のなせる技かしらん。
2022年に巡行に復帰し、今年で3年目を迎える鷹山。唯一宵山で乗った事の無い山ですが、今年も長蛇の列が出来ていたので見送りました。あまりの蒸し暑さで、行列に並ぶ気力が無かったです。来年は真っ先にこの山に来る事にしようかしらん。その祗園囃子を動画でお聞き下さい。
この祗園囃子を初めて聞いたのは2016年の事(復活したのは2014年)でした。当時はビルの一階を借りて演奏されていましたね。まだ復帰に向けた動きを知らず、あらぬ方角から祗園囃子が聞こえて来たのに驚いたのを覚えています。今は南観音山、北観音山に並ぶ三つの曳き山の一つとして堂々とした姿を誇っています。
ご神体の方は居祭りの当時と変わらず、ビルの一階に祀られていました。でも復活以前はここに立ち寄る人はほとんど居なかったのですが、この日は短いながら行列が出来ていましたね。やっぱり山が出来ると注目の度合いが違ってくるという事でしょう。ちなみに今年のちまきはここで買いました。御利益は厄除け、来年に向けて無事で過ごせますようにという願いを込めました。
最後に立ち寄ったのが鈴鹿山です。鉾町からぽつんと離れた烏丸通にあり、いつもは空いているのですが、この日は結構混んでいました。何でも売り子さんたちの交代で、立ち入りを制限していた様です。でも祗園祭一の美人と言われるこのご神体を見逃す訳にはいかないのでじっと待ち、無事に拝む事が出来ました。この仮面の下はどんなお顔かいつか拝見したいですが、それは無理なお願いというものでしょうね。
6時に着いた頃は空いていた鉾町でしたが、8時に近くなると結構混み出しました。仕事帰りの人がやって来たのでしょうか。後の祭りの語源と言われますが、なかなかどうして人気はありますよ。前祭が混みすぎなんですよね。祭り情緒を味わいたいのなら、後祭を訪れる事をお勧めします。
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