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祇園祭

2023年7月26日 (水)

京都・洛中 祇園祭・後祭 山鉾巡行 ~大船鉾~

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後祭の巡行の最後尾を飾るのは大船鉾。この鉾は鷹山に先駆けて平成26年に復興された鉾です。早いものであれから9年になるのですね。9年の間に少しずつですが懸装品などが整えられ、白木ばかりが目立っていた鉾も見栄えがする様になってきました。この鉾もまだまだ発展途上で、さらに豪華になっていく事でしょう。

この鉾は元は凱旋船鉾と名乗っていた時期があったのですが、隣国との関係を慮って大船鉾と名前を変えたといういきさつがあります。けれども町衆は凱旋船鉾という名に愛着があるらしく、法被などには凱旋の文字が書かれていますね。祗園祭も歴史の流れとは無縁ではあり得ない様です。

2023年7月25日 (火)

京都・洛中 祇園祭・後祭 山鉾巡行 ~鷹山~

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去年188年ぶりに再建されて巡行に復帰したのが鷹山。白木が目立つ山が初々しいです。ご神体は鷹匠、犬飼、樽負の御三方で、鷹狩りをする場面を表しています。宵山で居祭りをしていた頃は注目する人はほとんど居なかったのですが、去年訪れた時は長蛇の列で山に上るの諦めた覚えがあります。

鷹山はまだまだ発展途上の山。これから懸装品や屋根や柱の装飾などが加わっていく事でしょう。その変化をリアルタイムで見られるのは幸運な事ですね。

2023年7月24日 (月)

京都・洛中 祇園祭・後祭 山簿巡行 ~南観音山~

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北観音山と対になるのが南観音山。北観音山と同じく観音様がご神体です。違いはこちらの観音様は女性だという事。何でも北観音山の観音様に恋をしており、その情熱を収めるために宵山の夜にご神体を担いで町内を走り回るという暴れ観音という奇妙な行事が行われるそうです。

後祭が始まってからは常に北観音山が先に巡行していたのですが、今年はなぜか南観音山が先行したそうですね。これからは交互に入れ替わるのからん。鉾町の並びからすると北観音山が先の方が楽な気がするのだけどな。

後ろに飾られているのは柳の枝。ご神体の楊柳観音様から来ているのでしょうね。この柳の葉は無病息災のご利益があるとされ、巡行が終わると鉾町で争奪戦が行われます。私は見ていただけですが、なかなか凄い熱気ですよ。興味のある方は新町通へ行って参加してみては如何ですか。

2023年7月23日 (日)

京都・洛中 祗園祭・後祭 山鉾巡行 ~北観音山~

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今日は祇園祭・後祭の宵山。鉾町はきっと賑わった事でしょうね。残念ながら私は体調が思わしくなく自重しました。前祭に無い後祭らしい宵山の風情を味わいたかったなあ。

そして明日は山鉾巡行の日。これも休みが取れなかったので、昨年撮った写真から構成したいと思います。まずは北観音山。観音山はその名の通り観音様をご神体としており、二綦の観音山がある事から北に位置する山を北観音山と呼びます。かつては南観音山と交互に巡行していたそうですが、今は二基揃って巡行に参加しています。

この山で残念なのは宵山でちまき売りをせず、また招待者でないと山に登れない事です。開放的な南観音山とは対照的ですね。一度は北観音山の観音様と対面したいものです。

2023年7月22日 (土)

京都・洛中 祇園祭・前祭2023 ~四条傘鉾・油天神山・霰天神山・木賊山・芦刈山~

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傘と棒振り囃子が巡行するのが傘鉾。山鉾の古い形態と言われ、今は四条傘鉾と綾傘鉾の二つがあります。四条傘鉾は子供が行列の中心に居る事が特徴。棒振り囃子も子供が演じます。もっとも巡行中は棒をただ回すだけで何と言うことはありません。棒振り囃子は宵山の夜に演じられており、元気よく飛び跳ねる姿を見ることが出来ますよ。

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祗園祭には二つの天神があります。その一つが油天神山。天神とは菅原道真公の事で、古くから町内にあった天神様を勧請したのがはじまりだとか。場所が油小路綾小路下がるにある事から油天神山と呼ばれます。

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霰天神山は、室町時代の永正年間に大火があった時、にわかに霰が降ってきてたちまち火事は収まったのですが、その時屋根に小さな天神像が落ちていたのでした。町内の人はこれを奇瑞と感じて祀ったのがこの山の始まりとされます。良く判らないのがこの天神が道真公の事なのか、いわゆるあまつかみを指すのか明確ではないのですが、山に梅が飾られていたり、ちまきに梅の花が貼られているところを見るとやっぱり道真公の事なのでしょうね。

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木賊山は謡曲から題材を取った山で、信濃国で我が子を盗賊に攫われ、一人寂しく我が子を思いながら木賊を刈っている父の姿を現しています。遠目には判り難いですが、宵山に町会所に行くと結構しっかりとした木賊がある事が判ります。この後、父は子供との再会を果たすのですが、あえて寂しさを堪えている姿をご神体としたところに味わいがあれますね。

こちらは難波津で芦を刈っている翁のご神体を祀る芦刈山。やはり謡曲が題材になっていて、故有って別れた妻が乳母となって裕福となった一方、夫は一人寂しく芦を刈って暮らしていました。元の妻は別れた夫の事が気になり様子を見に帰ったところ、落ちぶれ果てた姿を見て歌を送り、元夫もそれを見て歌を返します。それが縁となり、二人手を携えて都へ帰っていくというお話です。この山も木賊山と同じくうらぶれた男の姿をご神体としているところに都人のもののあわれを思う心が現れているのでしょうか。

動画を見て判る様にこの山は辻回しの時に山を一周させています。こういう山はいくつかあるのですが、600kg以上ある山を回すのは大変でしょうね。サービス精神も良いけれど、けがをしないかと余計な心配をするのは老婆心というものなのかな。

2023年7月21日 (金)

京都・洛中 祇園祭・前祭2023 山鉾巡行 郭巨山・山伏山・孟宗山・保昌山

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山なのに屋根があるのが特徴の郭巨山。中国の二四孝の逸話の一つにちなんだ山です。老母を養えなくなった隔巨が口減らしのために自らの子を犠牲にしようと穴を掘ったところ、黄金が現れて一家が無事に過ごせたという物語ですが、子よりも親を大切にするというのは古代中国では孝の思想が大切にされていたという事なのでしょう。今の日本では受け入れがたい思想ですが、江戸時代には庶民の教養書に取り上げられていたと言いますから、それほど不自然な話でもなかった様です。

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山伏山はその名の通り山伏をご神体としている山です。この山伏、昔八坂の塔が傾いた時、法力で直したという浄蔵貴所がモデルだとか。宵山に本物の山伏が訪れる事でも知られる山ですね。

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真夏の祭りに冬の季節を題材に取り入れているのが孟宗山。冬の最中に筍が食べたいと願う母のために山の中を探し回り筍を得たという孟宗の物語です。分かり難いですが、良く見ると孟宗の手にはちゃんと筍を持っています。また松がところどころで白いのは雪を表しています。でも見ている人のほとんどは夏に雪と言われてもピンとこないでしょうね。

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山の中でも最も面白い話を持つのが保昌山。泉式部に求愛した藤原保昌が、紫宸殿に咲く梅の花を持ってきてという無茶な願いを本当に叶えてしまったという物語を題材にしています。その梅の枝が一本ではなく一抱えもあるというのもすごい。北面の武士に見つかって屋を射かけられながら逃げたというのも愉快です。その結果、泉式部に受け入れられた事から縁結びの御利益があるとされ、密かな人気のある山です。

2023年7月20日 (木)

京都・洛中 祗園祭・前祭2023 山鉾巡行 辻回し ~菊水鉾 7.17~

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鉾の中でも少し異彩を放つのが菊水鉾。鉾の由来は町内に昔から有った菊水井戸にちなんだもので、鉾頭には透かし彫りの菊花が飾られています。

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他の鉾との違いは唐破風を持つ事で、格調の高さを感じさせます。ここを見ればああ菊水鉾だなとすぐに判りますよ。

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稚児人形は菊の露を飲み続けて長生きしたという枕慈童。実に700年もの間美少年のまま生きて来たという仙界の住人です。

菊水鉾は昭和になってから再建された鉾。最近では大船鉾や鷹山など新しい山鉾が増えましたが、長らく歴史の浅い鉾扱いをされていました。その鉾も今年で70周年を迎えたのですから、時が経つのは早いものですね。今年はいつもと様子が違うなと思っていたのですが、70周年を記念して再建当時の懸装品を使ったのだそうです。

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菊水鉾は音頭取りも他の鉾と違います。烏帽子を被っているのはこの鉾だけですね。また手にしているのは扇ではなく、天狗が保つような大うちわです。他の鉾とはひと味違うのが菊水鉾です。

2023年7月19日 (水)

京都・洛中 祗園祭・前祭2023 山鉾巡行 辻回し ~鶏鉾 7.17~

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鶏鉾は中国の故事に題材を取った山鉾です。古代の中国、堯が納めていた時代、訴訟用に諫鼓が置かれていました。しかし、堯の治世は素晴らしく、誰も諫鼓を叩く者がおらず、いつしか諫鼓に穴が開き、鶏が巣を作って卵を産んでいたという逸話に基づくとされます。

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そんな平和な時代を願った鉾なのでしょうけど、祇園祭にはこんな具合に中国の故事に基づく山鉾がいくつも存在します。江戸時代以前の教養は中国が中心、都の祭りに隣の国の物語を持ってくるのに抵抗は無かったのでしょうね。

この動画だと辻回しの手順が判るかな。鉾の下で車方が竹べらを懸命に並べています。それを総監督な様な人が見ていて、準備が出来たとみると音頭取りに合図をします。音頭取りは通常二人ですが、辻回しの時だけ四人になります。その四人が息を合わせて合図を送る事で曳き方が動けるという仕掛けになっています。

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もっとも、この時の辻回しは少し回しすぎかなという気もしましたね。祗園囃子にも順番があり、辻回しから河原町通を北上するタイミングで曲を変えるのですね。そのタイミングを辻回しで合わせるのが結構難しいそうですよ。

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一見のんびりと踊っている様に見える音頭取りも結構大変な役割を持った仕事です。曳き初めに参加すると判りますが、綱を引き始めるタイミングは音頭取りの合図一つで決まります。綱を持っている間はずっと音頭取りを見ているのですね。そして止まる時も同様です。ある意味山鉾の運転手かな。様々な役割の人が居て、初めて山鉾は上手く動くのですね。

京都・洛中 祇園祭・前祭 山鉾巡行2023 ~函谷鉾 7.17~

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2023年7月18日 (火)

京都・洛中 祇園祭・前祭2023 山鉾巡行 ~函谷鉾 7.17~ 

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鉾の中でくじ取らずとして二番目にやってく着るのが函谷鉾。月鉾に次ぐ大きさを誇る山鉾です。

辻回しの様子は残念ながら役員の方に隠れてよく見えないのですが、車輪の下に竹の板を敷いて、その上に水を撒き、力ずくで引っ張るという豪快な方法で行われます。この時、音頭取りと曳方の息が合わないとぴくりとも動かないという事が起こります。

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まあ函谷鉾で11.39トンもある巨大な山車ですから、簡単には回せないでしょうね。でもこの日は無事に辻回しは行われ、正面を向くことが出来ました。

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稚児人形は嘉多丸と呼ばれます。生き稚児ではなくしたのは函谷鉾が最初だそうで、約束としては生き稚児が見つかるまでの仮の措置だったそうです。でも現実には今に至るまで人形のままですね。

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見送りはエジプト天空図。祗園祭とエジプトには本来何の関係も無いのですが、とにかく新しい物、豪華な物と各町内が競い合いこの様な姿になっています。ちなみに前掛けはモンサンミッシェル。こちらはフランスの聖堂ですね。祇園社の祭りにエジプト神とキリスト教と、何でもありなのが祗園祭の面白いところです。

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