2024年5月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

洛東

2024年5月15日 (水)

京都・洛東 青紅葉2024 ~真如堂 5.9~

Sinnyodou2405151

黒谷から真如堂に来ました。ここも桜時分以来、境内はすっかり様変わりして真新しい緑で包まれていました。

Sinnyodou2405152

このもみじは姿が良くて絵になりますね。紅葉の時は微妙で縮れてしまう事が多い木ですが、青紅葉の今はご覧のようにとても綺麗です。

Sinnyodou2405153

真如堂の定番構図の一つです。紅葉の時は花の木、もみじ、銀杏と色とりどりですが、今の季節は緑色、それでも木によって微妙に色合いが違うのが面白いです。

Sinnyodou2405155

ここ真如堂も空いていましたね。カメラを持った人が二,三人居た程度だったかな。菩提樹は花芽が出来ていましたが、この花が咲くのは半月程先、その頃には結構賑わう事でしょうね。

Sinnyodou2405156

吉祥院前の大ツツジです。5月4日で五分咲きとの事だったので期待していたのですが、残念ながら盛りは過ぎていました。ちょっと進行が早すぎる気がしますが、仕方が無いですね。今年は桜の後半からこんな感じが多いので、訪れるタイミングが難しいです。次にここに来るのは菩提樹が咲く頃、その時分には紫陽花も綺麗になっていると思うのですが、上手く行くかな。

2024年5月14日 (火)

京都・洛東 青紅葉2024 ~黒谷 5.9~

Kurodani2405151

平安神宮から黒谷に来ました。桜を見に来て以来ですが、境内はすっかり様変わりし、赤や緑のもみじが美しく彩っていました。

Kurodani2405152

桜の頃はここも沢山のカメラマンが来ていましたが、青紅葉を撮りに来る人はほとんど居ないですね。桜は時期が限られるけど、青紅葉はいつでも撮れるという事でしょうか。

Kurodani2405153

でも青紅葉も本当に美しい時期というのは限られています。時間が経つと色が濃くなり、新鮮味がなくなってしまいまいからね。

Kurodani2405155

この日はまだとても綺麗な状態でした。日が当たり、青空を背景にして見た緑は、はっとするほど美しかったです。

Kurodani2405156

そして黒谷で外せないのが、塔頭の栄摂院です。紅葉が素晴らしいもみじは、青紅葉もまた見応えがありますね。ここには平安神宮と同じくさつきの盛りの時に来るつもりです。上手くタイミングが合えば良いのですけどね。

2024年5月13日 (月)

京都・洛東 カキツバタ2024 ~平安神宮 5.9~

Heianjingu2405131

令和6年5月9日の平安神宮です。この日はカキツバタが終盤を迎えていました。

Heianjingu2405132

もう少し咲いているかなと思っていたのですが、既に三番花になっている株が多かったです。平安神宮のはんなり便りでは4月26日に咲き始めたとあったので、連休の前半あたりが見頃だったのかな。少しのんびりし過ぎた様です。

Heianjingu2405133

ただ、花穂が見えなかった株も多かったので、今年は花そのものが少なかったのかも知れません。この日一度見ただけなので、何とも言えませんけどね。

Heianjingu2405135

折鶴は咲き出すのが遅かったらしく、まだ二番花が咲いていました。綺麗な花なのですが、花殻が付いたままなのは気になりますね。

Heianjingu2405136

この日はなぜか神苑はガラガラでした。仁王門前には沢山人が居たのですけどね、神苑に入る人はごくわずかだった様です。泰平閣に全く人が居ないなんて、雪の日に来て以来じゃないかしらん。桜時分とは大違いですね。次はさつきが満開になる頃に来るつもりです。今年の花暦はいつにも増して良く判らないので、情報はちゃんとキャッチする様にしなければね。

2024年5月10日 (金)

京都・洛東 青紅葉2024 ~粟田神社 5.2~

Resize6131

尊勝院から坂を下り、粟田神社へと来ました。この神社は876年に創建されたという由緒を持ち、素戔嗚尊、大己貴命を主祭神として祀り、旅立ちの守護、厄除け、病除けのご利益があるとされます。

 Resize6135  

その後、隣接する青蓮院の鎮守社となりました。青蓮院とは入り口は少し離れていますが、平面的に見ると敷地は隣りあっている事が判ります。

Resize6132

それにしても緑の多い気持ちの良い神社ですね。紅葉時分には来た事が無いのですが、今年は訪れてみようかな。

Resize6133

秋に行われる粟田祭は屋台も出る賑やかな祭りだったのですが、今でも雰囲気は変わらないのかな。由緒はあるけど観光行事ではない、地域のためのお祭りでしたね。

Resize6137

今の粟田神社を有名にしているのは、この鍛冶神社の存在が大きいですね。粟田口に居た刀鍛冶の名工、三条小鍛治宗近と粟田口藤四郎吉光、それに天目一箇神を祀る神社で、平成30年に創建されました。今から9年ほど前に刀剣乱舞というゲームがブームになり、今も続く刀剣女子の存在に触発されて創られた神社で、瞬く間に存在を知られる様になって、聖地の一つになりました。この日も平日でしたが、訪れている女性達が居ましたね。こうして神社が知られる様になるのは良いことです。オーバーツーリズムになっては困りますが、いまのところそんな気配は無いですからね。場所は二の鳥居を潜ってすぐ左側の広場にあります。せっかくですから、ここだけでなく本殿にもお参りされて行く事をお勧めします。とても静かな気持ちの良い神社ですよ。

2024年5月 9日 (木)

京都・洛東 青紅葉2024 ~尊勝院 5.2~

Sonsyouin2405061

青蓮院の前の坂を下り、粟田神社へと向かう途中に元三大師と書いた石碑があります。この石碑に気付いたのは40数年前の事、以来この先には何があるのかなと気になっていました。その答えが出たのは20数年前の事、京都の散歩道というボムページを作るためにこの奥へと向かったのでした。

Sonsyouin2405062

石碑が設置されている以上そう遠くないとこにありそうなものなのですが、意外な程奥があります。ここに来るのは四回目、今回は17年ぶりに訪れたのですが、こんなに階段があったっけと、すっかり忘れていました。当時の記事を読み返すときつい坂と書いているのですが、すっかり体力の落ちてしまった今の私にはさらに厳しく、途中で息が切れてしまいました。時の流れとは残酷ですね。あえぎながら登った先に見えたのがこの景色です。

Sonsyouin2405063

この寺の名は尊勝院、詳しくは17年前の記事を参照して頂くとありがたいのですが軽く触れると、元は尊勝坊という延暦寺の一坊でしたが、後に山から下りて青蓮寺の裏に移り、尊勝院となりました。応仁の乱で戦火に巻き込まれて焼失してしまいますが、豊臣秀吉によって再建されたのがこのお堂です。大正4年に現在の地に移されていますが、お堂の主要な部分は秀吉が再建した当時のままで、中に入ると安土桃山期の寺らしく極彩色に彩られていた名残を見ることが出来ます。

Sonsyouin2405065

この寺は第十八代天台座主の良源上人を祀っているのですが、良源上人の別名を元三大師(正月三日に亡くなったという由来)と言い、この名の方が有名な事からこの寺は元三大師堂とも呼ばれる様になりました。坂の下の石碑はこの事を指していたのですね。延暦寺の千日回峰を終えた行者が元三大師に報告に訪れるのがこのお寺で、その際に渡るのが一本橋(行者橋)です。

ホームページを作った当時には何も説明書きが無く、あちこちを調べて作った記憶があるのですが、一年後だったかな、ねこづらどきの為に再び訪れた時には立て札が出来ていました。新しく作ったのかなと思ったのですが、なんとこれが私の作ったホームページを印刷したものでした。いや、驚くと共に嬉しかったですね。ちゃんと見つけてもらい、中身も認めて頂いたという事ですから、作った甲斐があったというものです。今は京都市が作った立派な駒札になっていますが、懐かしい思い出です。

Sonsyouin2405066

ここは将軍塚への登り口にもなっているのですが、結構人が通りますね。そんな中に外人さんも居たのには驚きました。こんな道は地元の人しか知らないと思っていたのですが、海の向こうでどうやって情報を得たのでしょうね。最近の外人さんの情報網は侮れないと思った次第です。

帰り道、落ち着いて周囲を見渡すと随分と変わっている事に気づきました。まず新しい旅館が出来ています。四棟からなる一棟貸しのホテルの様ですね。こんなところで商売になるのかなと思ったのですが、意外と人気がある様です。もう一つ変わっていたのが老舗の粟田山荘が閉店していた事です。元は別荘で、その後京都ホテルが所有し経営していた料理旅館だったのですが、三年前に売却していたとの事です。名園もある歴史のある建物なのに今後の利用計画は未定だとか。なんとも惜しい事だと思います。

2024年5月 8日 (水)

京都・洛東 青紅葉2024 ~青蓮院 5.2~

Syourenin2405081

得浄妙院から青蓮院に来ました。ここに入るのも久しぶりですね。

Syourenin2405082

長い間来なかった内に、受付での対応が少し変わっていました。以前は宸殿と青不動や仏様は撮らない様にと言われただけでしたが、華頂殿の蓮の絵は撮っても良いが何枚も撮らないでくれと注意されました。うーん、なんだか中途半端な制限ですね、部屋に居座って写真を撮り続け、迷惑をかけたカメラマンが居たのかな。

Syourenin2405083

まあ狙いは庭の新緑だったので襖絵はどうでも良かったのですが、そう言われるとかえって気になります。一枚だけなのか、五枚なら良いのかと思いながら、三枚だけ撮らせてもらいました。私が知らないだけで、有名な人の作品なのかな。

Syourenin2405085

庭は期待通り新鮮な緑で溢れていました。まだ新緑と言って良いもみじの下は、歩いていて気持ちが良かったですよ。もう少し前なら霧島ツツジが咲いていた様ですけどね、今年は連休を待たずに散ってしまいました。

Syourenin2405086

青蓮院は、宸殿と長屋門、車寄せは屋根の葺き替えなどの補修中ですが、拝観は通常どおり出来ます。ただ仮設足場が宸殿前の庭を埋めているので、夜間拝観はありません。ここに灯される梵字は綺麗なのですけどね。

拝観者は10人程だったかな。連休の中日だからもっと多いかと思っていたのですが、案外空いていましたね。これくらいなら適当に散るので、ゆっくりと拝観させていただくことが出来ました。

2024年5月 7日 (火)

京都・洛東 戒壇巡りと一初鑑賞会2024 ~得浄妙院 5.2~

Tokujomyouin2405061

白川から得浄妙院に来ました。ここでは戒壇院巡りと一初鑑賞会に参加するのが目的です。

Tokujomyouin2405062

得浄妙院は知恩院の境内に隣接していますが塔頭ではなく、信州善光寺の京都別院です。明治27年に伏見宮家出身の誓圓尼公の発願により、兄の久邇宮朝彦親王の働きかけで知恩院より境内の一角を譲り受けて創建されました。発願の趣旨は当時は関西から善光寺までは遠く、善光寺如来とのご縁を結ぶのが容易ではなかったため、信心ある人々のために別院を建てたとの事です。

Tokujomyouin2405063

ここは本家の善光寺とは比較にらないほどこぢんまりとしていますが、本堂の造りは同じで、いわばミニチュア版ですね。なので、本家と同じように地下に戒壇があり、暗闇の通路を廻ってご本尊の真下にある錠前に触れ、南無阿弥陀仏と唱える事によってご本尊様とご縁を結ぶ事が出来ます。この戒壇巡りは何度か経験していますが、全くの闇の中なので、慣れるという事はありませんね。

Tokujomyouin2405065

境内には一初が咲いています。以前はもっと数が多かったのですが、来る度に少なくなっている気がします。一時はプランター植えの花もあったのですが、この日は無かったですね。

Tokujomyouin2405066

白の一初も随分と数を減らしました。以前は奥の石塔の周辺で咲いていたのですけどね、今は姿を消しました。そう言えばジャーマンアイリスの姿も見なかった気がするど、まだ伸びてないだけだったのかしらん。花に関して言えば、以前より寂しくなっていますね。

でも開門直後に行ったせいか拝観者は私の他に二人居ただけで、とても静かなものでした。連休中にこれだけのんびりと出来る所はそう無いですよ。久しぶりの戒壇巡りも無事にご縁を結ぶ事が出来ましたし、ここに来た甲斐は十分にありました。

2024年5月 6日 (月)

京都・洛東 柳並木2024 ~白川 5.2~

Sirakawa2405071

令和6年5月2日の白川です。初夏を迎えて川辺のしだれ柳の緑が濃くなり、美しい景色になっていました。

Sirakawa2405072

ここは以前は顧みられることの無いただの下町だったのですが、いつの間にか観光名所になりましたね。柳が生長して見応えがある様になったという事もあるのかな。

Sirakawa2405073

外国の方もちらほらみかけましたね。特に一本橋には、入れ替わり立ち替わり来ていました。この橋、外国の方には何て紹介れているのかな。ずっと以前、古川町商店街が庶民の市場だった頃には、買い物駕籠を下げた主婦が渡る橋だったのですけとね。

Sirakawa2405075

でも昔に比べれば随分と美しい景色になったのは確かです。はるか以前にはこの上流に染色工場があり、赤や青に染まった水が流れていたのを知る人はあまり残っていないだろうなあ。

Sirakawa2405076

ここまで綺麗になったのは、京都市と地元の方が持続的に管理されてきた事が大きいのでしょうね。ゴミ一つ落ちていない環境は、日々掃除をされている地域の方々の存在があっての事なのでしょう。ちょっと不思議なのは、柳の寿命を調べてみると20年から30年なのだそうです。ここの柳はずっと以前からあるのだけどな、そんなに頻繁に植え替えているのかしらん。せっかく良い景色になったのに、間もなく枯れてしまって若木に更新されるとしたらちょっと残念ですね。

2024年5月 5日 (日)

京都・洛東 新緑2024 ~正伝永源院 4.25~

Syoudeneigenji2405051

建仁寺から境外塔頭の正伝永源院に来ました。織田有楽斎縁の寺ですが、ここは普段は非公開で、春と秋に特別公開が行われます。

Syoudeneigenji2405052

この数日前にツツジが見頃となっていると聞いてきたのですが、残念ながら既に盛りは過ぎていました。地面に沢山花が落ちていたところを見ると、たぶんこの前日に降った雨で散ってしまったのでしょうね。

Syoudeneigenji2405053

この寺に来たのは二度目で、前回は何年前か忘れてしまいましたが、当時は無かった大きな石塔が庭に建っていました。これは武野紹鴎の供養塔で、元々この寺の前身である正伝院にあつたのですが、廃仏毀釈によって正伝院は廃寺となり、供養塔は藤田家が所有するところとなりました。以来、大阪の太閤園に置かれていたのですが、2021年に太閤園が売却された事を機に、正伝院の後継であるこの寺に帰ってきたのでした。丁度織田有楽斎没後400年の年だったそうで、こういう奇縁もあるのですね。

Syoudeneigenji2405055

庭の片隅にあるのが国宝如庵の写し。如庵は有楽斎が建てた茶室で、オリジナルは正伝院が廃寺になった時に祗園の有志に払い下げられ、その後変遷を経て犬山市に移築されて、今は有楽苑で公開されています。ここにあるのは30年前に復原されたもので、細部まで正確に再現されているとの事です。前回来た時は団体さんに巻き込まれてしまい、この茶室をじっくり見る事が出来なかったのですが、今回はゆっくりと見る事ができたので良かったです。

Syoudeneigenji2405056

正伝永源院に入ってすぐにあるのが有楽斎の墓。隣に有楽斎の妻の墓、向かいに細川家代々の墓があるのですが、大きな石塔がいくつも並んでいるのはちょっと独特な雰囲気がありますね。これを見るのも二度目ですが、やっぱりなかなか馴染めないな。

来年はツツジが盛りの時に来たいです。上手くタイミングが掴めるかどうか、アンテナを高くしておかないといけないですね。

2024年5月 4日 (土)

京都・洛東 京都新緑事情2024 ~建仁寺 4.25~

Kenninji2405031

平等院から電車を乗り継ぎ建仁寺に移動しました。ここには牡丹を求めて来たのですが、今年は既に散った後でした。

Kenninji2405032

今年は桜の開花は遅かったのですが、4月に入って花のペースが速くなりましたね。3月の低温は何だったんだろうと思うくらい、4月に入ってからは高温続きです。4月の半ばでもう初夏が来た感じ、春はいったいどこへ行ったのやら。

Kenninji2405033

牡丹は残念でしたが、その代わり境内は新緑で溢れていました。晩春と言うか初夏と言うべきか判りませんが、生命力に溢れた景色が素敵です。

Kenninji2405035

建仁寺は観光客で賑わう花見小路から続いていますが、それほど多く流れてくる人は居ません。紅葉時分は賑わいますが、それも主として潮音庭の方で、境内は比較的静かです。

Kenninji2405036

正面に見えるのは開山堂。開祖栄西禅師が眠る場所です。また、開基である源頼家公の像も祀られています。普段は非公開ですが、何年か前の京の冬の旅で特別公開が行われた事もありました。頼家公は鎌倉幕府の中では影が薄い存在ですが、ここでは寺を開いた人物として大切にされています。頼家公って、他に木像はあるのかな。かなり貴重な存在だと思われますので、機会があれば是非拝観される事をお勧めします。

より以前の記事一覧