京都・洛東 豊臣秀吉の足跡 ~大仏殿跡緑地~

方広寺大仏殿の跡
方広寺から少し東に行ったところに大仏殿跡緑地公園があります。その名の通り方広寺大仏殿があった場所で、2000年に行われた発掘調査で大仏殿の基壇が良好な状態で残っている事が確認され、今は土を被せて遺跡を保存し、緑地公園として一般に開放されています。
大仏殿の基壇は火事の後も江戸時代の古図に描かれていた事から破壊されずにいた事は判っていましたが、明治以後は敷地が上地令によって収公され、南は京都国立博物館の用地となり、北と東は民間に払い下げられて宅地化されて、明確な場所や状態は判らなくなっていました。この場所には確かどこかの保養所が建っていたんじゃなかったかな。その保養所が廃止され、発掘調査を行ったところ、まさしく大仏殿があった場所と判明したのでした。

発掘された大仏殿
発掘されたのは大仏殿のうちの一部で、大仏殿全体ではありません。それでも大仏があった台座部分は含まれており、貴重な情報が得られたとのことです。大仏殿の大きさは二重瓦,高さ二十五間(約49メートル)、桁行四十五間二尺七寸(約88メートル)、梁行約二十七間六尺三寸(約54メートル)という巨大なもので、大坂城の天守がすっぽりと収まるというとんでもない規模のものでした。木造建築としては世界最大とも言われますね。現在の公園は写真の水色の部分で、全体はその周囲の赤い点を結んだ部分です。柱の数は49本、ただ大型の普請が立て続けに行われたため日本の巨木は初代大仏殿の時点で枯渇してしまっており、寄せ木造りの柱でした。鐘楼に残る金属の輪はそれを束ねるためのものですね。この柱を支えるために直径4mの穴を掘り、石で突き固めるという恐ろしく手間の掛かる工事が施されていました。地震で大仏が損傷しても大仏殿は無事だったというのは、こうした念入りな作業を行っていたからなのでしょうね。

ブラタモリの実験
公園の中のこの盛り上がった部分が、台座のあったところです。ここに八角形の台座を築き、その上に高さ19mという大仏が鎮座していたのですね。先日、丁度ブラタモリでここのロケをしていましたが、19mの高さを視覚化するために風船を上げていました。テレビの画面越しではありますが、まさに見上げんばかり、信じられないような高さでしたね。奈良の大仏様を見ているのでおおよその想像は付きますが、それをさらにしのぐ大きさの仏様がここにあったというのは改めて驚かされました。

台座跡を示したベンチ
遺構は全て土の中に埋め戻されましたが、八海形の台座の大きさを示すため、公園の中には台座の角の位置に石のベンチが置かれています。これをもって台座の大きさを知る事ができる訳ですが、なぜが現地に説明が無いのですよね。以前にも来ているので私は知っていましたが、初めて来た人には変わった形のベンチとしか思えないでしょう。せっかくの工夫なのに、その意図が伝わらないのはもったいないと思います。
ディープな京都ファンにお勧め
公園からは豊国神社の社殿の裏側が見えていました。こうして見ると、社殿は大仏殿跡の一部を取り壊して作られたのですね。神社の創建当時は文化財の保存という意識が無かったのか、それとも既に崩れていて更地になっていたのかどちらでしょう。
今回は豊臣秀長の代わりに秀吉の足跡を追って正面橋から方広寺まで歩いてみましたが、秀吉が方広寺建設に着手した当時はまだ存命しており、何らかの関わりを持っていたのでしょうか。ドラマの終盤で出てくるのかな。
このあたりは観光地化しておらず、訪れる人もまばらですが、紹介して来た様に歴史的には面白い場所です。ディープな京都を求める人にはお勧めのエリアですよ。
令和7年9月12日訪問
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私もブラタモリみました。
新しい発見があって楽しかったです。
投稿: Milk | 2025年9月23日 (火) 09時33分
MIlkさん、
丁度この記事を書いているときにブラタモリを見ていました。ここ来るのを知っていたら見に行ったのですけどね、惜しい事でした。
三十三間堂はMilkさんのお気に入りでしたね。またお父様に似た観音様に会いに行かれますか。
私は夜の景色が素晴らしいと思いました。いつかあんな形で特別公開してくれたらなと願っています。
投稿: なおくん | 2025年9月23日 (火) 21時33分