« 2025年2月 | トップページ | 2025年4月 »

2025年3月

2025年3月31日 (月)

京都・洛北 京都梅事情2025 ~京都府立植物園 3.22~

Kyotofuritusyokubutuen2503311

遅れに遅れた梅でしたが、この日ようやく見頃になっていました。この数日後に早咲きの枝垂れ桜が見頃になったのだから、慌ただしいったらありゃしない。

Kyotofuritusyokubutuen2503312

ここでは中咲きも遅咲きも一度に咲いた感じです。早咲きの木はさすがに散ってましたが、全体としてとても華やかでした。

Kyotofuritusyokubutuen2503313

以前の梅林は古い木が多く、上の方にしか花が咲かなかったのですが、数年前の台風で被害に遭い、若い木が補植されました。結果として低い位置で花が見られる様になり、華やかさが増しましたね。全く、何が幸いするか判らないものです。

Kyotofuritusyokubutuen2503315

去年はやたらと早く、今年は20日程度遅いという不安定な状況が続いています。地球温暖化のせいなのかどうか、これからもこうした状態が続くのでしょうかね。その一方で桜は急に暖かくなった事により、平年並みに落ち着きました。節操がないと言うか、極端と言うか、訳の判らない気候に振り回される日々が続きそうですね。

2025年3月30日 (日)

京都・洛北 ミモザ2025 ~京都府立植物園 3.22~

Mimoza2503301

令和7年3月22日の京都府立植物園です。この日はミモザ(ギンヨウアカシア)が咲き始めたところでした。

Mimoza2503302

ミモザがあるのは未来くん広場ときのこ文庫の間。色とりどりのきのこの中に児童向け図書が入っています。写真的にも良いアクセントになりますね。

Mimoza2503303

ミモザはまだ咲き出したばかりで、一番咲いているところでこんな感じでした。この木が満開のところは見た事が無いのですが、街中で見かけるミモザは黄色い花で覆われているので、この木ももっと沢山咲くのでしょうね。

Mimoza2503305

ミモザはマメ科アカシア属の俗称。種類はとても多く1000種類にも及ぶのだとか。ギンヨウアカシアもその一種で、葉が銀色を帯びている事からそう呼ばれるそうです。今頃は木全体が黄色くなっているのかな。桜が満開の頃にもまだ咲いているかしらん。桜林に行く前に忘れずに覗いていこうと思っています。

2025年3月29日 (土)

京都・洛中 京都桜事情2025 ~下京中学成徳学舎 春めき桜 3.22~

Harumekisakura2503272

令和7年3月22日の下京中学成徳学舎です。この日は春めき桜が満開・見頃となっていました。

Harumekisakura2503273

春めき桜は神奈川県足柄市で作出され、2000年に品種登録された比較的新しい桜で、寒緋桜とシナミ桜の交配種ではないかとされます。ソメイヨシノより二~三週間早く咲き、一般財団法人春めき財団では卒業生を祝う桜として全国の小中学校に寄贈する活動をされています。もっとも、ここの桜は寄贈を受けたのでは無く、管理主任だった先生が自費で植えられたのだそうですね。

Harumekisakura2503275

今年は咲くのが一週間以上遅れたため、中学校の卒業式には間に合わなかった様です。自然相手なので仕方が無いのですが、植えられた先生の思いが叶わなかったのは残念ですね。

Harumekisakura2503271

この桜、以前は近くの女子校の生徒が撮りに来るくらいだったのですが、4~5年ほど前から知られる様になり、さらにSNSで広がったのでしょう、この日は朝早くから結構な人が集まっていました。香りもするそうですが、残念ながら私には判りませんでした。

神奈川県にはこの桜の名所が幾つもある様ですね。おいそれとは行けませんが、いつかこの桜並木を見てみたいものです。

2025年3月28日 (金)

京都・洛中 京都梅事情2025 ~霊光院天満宮 3.21~

Reikouden2503251

今出川新町を下がったところに霊光院天満宮という神社があります。以前から門前に紅梅がある事は知っていましたが、立ち寄るのは初めてです。

Reikouden2503252

霊光院天満宮は寛仁2年(1018年)に、後一条天皇の勅命により、菅原道真の六代子孫にあたる義郷に建てさせたという由緒を持つ神社です。最初に建てられたのは道真が流される途中に立ち寄ったとされる河内国若江郡、今の東大阪市と八尾市にまたがる地域ですね。社名は道真がこの地に来た時に一条の光が差し、天一神と帝釈天が降臨したという伝承に基づくとの事です。

ところでこの神社の由緒書にある義郷という人物ですが、どんな人だったのだろうと検索してみると、この神社の創建者という以外出てきません。おかしいなと思い、尊卑分脈をあたってみたのですが、菅原氏の系譜には義郷という人物は見当たりません。さらに調べると創建したのは定義という記述を見つけ、定義について調べてみるとやはり道真の六代子孫であり、生前は文章博士を務め、従四位止まりだったのですが、その死後260年あまり経って行幸賞で従一位が贈られている事が判りました。おおよそ由緒書の内容と一致しており、義郷とは定義の別名だったという事の様ですね。ちなみに定義は「更級日記」で有名な菅原孝標女の兄に当たります。

以後は菅原家の庶流である若江家が祠官として仕える様になりました。

Reikouden2503253

さらに由緒書に拠れば、時期は判りませんが神告によって京に遷座したとあります。そして後宇多天皇の時蒙古が襲来し、この社で夷狄退治の祭事を行ったところ、たちまち神威が顕れ敵船がことごとく沈んだため、天下無敵必勝利運と書いた御震翰の額と神領を給されました。こうして栄えた霊光院天満宮でしたが、応仁の乱により荒廃して神領も失い、若江家も嗣子が無くなり家系が途絶えてしまいました。ただ、かろうじてご神体は東寺観智院に移され、東寺によって祭祀は続いて行きます。

元亀元年(1570年)になると当社を深く信仰していた徳川家康が天下太平を祈願し、寄付を行うなどして若江家の再興に努めました。そして家光の代になり、寛永11年(1634年)に若江家の再興が認められ、社殿は若江家のあった「塔の壇」に移されました。そして寛永13年(1636年)には仙洞御所にあった家康像を遷して合祀しています。現在地に移ったのは宝暦11年(1761年)の事でしたが、屡々火災に遭遇し、安政3年(1856年)には朝廷から内侍所を下賜され仮殿とした事もあったようです。現在の社殿は明治5年(1872年)に近衛家の鎮守社を移築したものだとの事です。

Reikouden2503255

現在も鳥居の扁額には天下無敵必勝利運と書かれており、最強のパワースポットだと言う人も居ますね。住宅街の中にひっそりと佇む観光とは無縁の神社ですが、由来を調べていくと意外に深い歴史を持っているのに驚きました。天満宮らしく梅が植えられており、この日は白梅が特に綺麗でした。門前の紅梅も満開になるととても美しいですよ。菅原道真公と徳川家康公を同時に祀るという珍しい神社をお参りがてら、梅を楽しみに行かれては如何ですか。

 

2025年3月27日 (木)

京都桜開花情報2025

本日から桜の開花情報をトップに置くことにします。毎日とは行きませんが、桜を見に行った際には当日中にアップする事とします。お出かけになる参考にして頂けたら幸いです。時期は桜の季節が終わるまで、新しい情報が上になる様に工夫しますので、よろしくお願いします。なお、通常の記事はこの下にアップしていきますので、ぜひご覧下さい。(追記:このままだと4月中にアップしきれなくなりそうなので4月11日より2件づつアップする事にします。)

(追記です。あと暫くは八重桜を追うつもりだったのですが、昨日から体調を崩してしまい、京都に行けなくなってしまいました。千本閻魔堂や千本釈迦堂、平野神社などを回って終報としたかったのですが、回復まで時間が掛かりそうで桜の見頃には間に合いそうもありません。残念ながら桜速報はここまでとし、明日の21時に通常の更新に戻します。八重桜を楽しみにされてていた方には申し訳ないですが、やむを得ない事情とご理解ください。それにしても、こんなに酷くなるとはやっぱり年ですかね。)

4月14日現在の情報です。今日は大原野方面に行ってきました。

・正法寺

Syoubouji2504281

宝生苑の枝垂れ桜は見頃を過ぎていましたが、遍照塔周辺の枝垂れ桜は見頃を保っていました。大原野全体に言える事ですが、先週がピークで、昨日の雨が花散らしとなってしまった様です。

・勝持寺

Syoujiji2504281

西行が出家した寺として知られ、西行が植えたという西行桜が見たかったのですが、残念ながら終了していました。まだ枝垂れ桜が見頃を保っていたのがせめてもの救いでした。桜と言うよりもう青葉の季節ですね。

・松尾大社

Matunootaisya2504281

ここは桜と言うより山吹がメインですが、五分咲きという情報だったのに、実際には二分咲き程度でしたね。桜は散り果て寸前で、まだ花は残っていました。参道の枝垂れ桜は見頃を保っています。一応、山吹と山桜のコラボを撮ってみたのですが、あまり絵になってないですね。

4月12日現在の情報です。

・御室・仁和寺

Ninnaji2504121

御室桜がほぼ満開、一部で七分咲き程度ですが、まずまずの見頃です。枝垂れ桜も満開・見頃、三つ葉ツツジも満開で、実に鮮やかでした。人出は覚悟していたほどでは無く、拝観券を買うのに5~6分並んだ程度で、桜苑に入ってしまえば渋滞も無く、スムーズに見て回れました。いつもながら、こにはインバウンドがほとんど居ないのが不思議と言えば不思議です。

・二条城

Nijoujou2504121

遅咲きの枝垂れ桜が満開ですが、少し盛りが過ぎている感じです。ソメイヨシノは散り初めで一部は葉桜になっています。人出はインバウンドがとても多く、それも欧米系の人がほとんどでした。なぜか桜を見ても写真を撮る人は少なく、あれっという感じてした。それより、偶然行われていた結婚式に興味津々でしたね。

4月11日現在の情報です。

・京都府立植物園

Kyotofuritusyokubutuen2504111

桜は遅咲系の枝垂れ桜が満開・見頃、ソメイヨシノは芝生広場の様に満開を保っているところもありますが、他の多くは散り初めから散り果てに近くなっています。見事なのはチューリップで、北山門近くの球根ガーデンは見応えがあります。また園内各所では写真のレンギョウが満開で、とても綺麗ですよ。

・京都御苑

Ktotogyoen2504111

京都御苑の銘木の一つ、車返桜(写真)が満開・見頃になっています。また、近衛邸跡では遅咲きの糸桜が満開・見頃です。花見客も少なく、ゆっくり観桜したい人にはお勧めです。

4月9日現在の情報です。

・圓光寺

Enkouji2504091

八重紅枝垂れ桜が満開・見頃になっています。ただ、今年は花付きが少し悪いですね。また、早咲きの桜は葉桜になっています。

・詩仙堂

Sisendou2504091

庭園奥の桜が満開です。ただ、風が吹くと花びらが舞っており、散り初めが近いようですね。花吹雪と言う程でもなかったけれど、誰も居ない静かな庭に舞う花は、とても風情がありました。

・仏光寺

Bukkouji2504091

御堂の前にある3本の八重紅枝垂れ桜が満開・見頃です。青空と相まってとても綺麗でした。立ち入り禁止区域にある八重紅枝垂れ桜も満開・見頃ですが、近くには寄れません。ソメイヨシノは散り初めで、間もなく葉桜に変わるでしょう。

4月7日現在の情報です。

・下鴨神社

Imogamojinja2504071

下鴨神社には桜は多く無いですが、ソメイヨシノが満開・見頃、枝垂れ桜は満開ながら見頃過ぎ、八重紅枝垂れ桜は八分咲き程度でしたが、いかんせん植えたばかりなので、花数は多くないです。あと楼門前にヤマザクラがありますが、見頃は過ぎています。

・半木の道

Nakaraginomiochi2504071

八重紅枝垂れ桜が満開・見頃になっています。見事な桜回廊ですね。ところどころに混じっている紅枝垂れ桜は満開なから見頃は過ぎています。

・京都府立植物園

Hyotofuritusyokubutuen2504071

ソメイヨシノが満開・見頃で、チューリップとの共演を楽しむ事ができます。桜苑では多くの枝垂れ桜が満開・見頃ですが、早咲き系の枝垂れ桜は見頃を過ぎています。

・上賀茂神社

Kamigamojinja2504071

写真の順番から行くと、御所桜が満開でやや見頃過ぎ、親王桜は散り初め、斎王桜は七分咲き程度ですが、如何せんほとんどの枝に花芽がありません。ソメイヨシノ、陽光桜は満開・見頃。境内のみあれ桜は満開・見頃です。この木は台風で受けた被害から、かなり回復してきました。斎王桜が不調から抜け出せないの対照的ですね。あと賀茂桜楼門前の桜も満開・見頃でした。

・法雲寺

Houunji2504071

正伝寺の隣にある法雲寺には、ソメイヨシノとヤマザクラ、それに八重紅枝垂れ桜が一本ずつあります。それぞれ満開・見頃になっており、特に八重紅枝垂れ桜は観音様との共演が絵になります。

・正伝寺

Syoudenji2504071

庭園の右端にある八重紅枝垂れ桜が満開・見頃でした。ただ、今年はは花数が少なくなっていて、少し景観が悪くなっています。まあ、それでもこの庭の素敵さは変わりあません、

・神光院
Sinkouen2504071

参道のソメイヨシノと、庫裏前の八重紅枝垂れ桜が満開でした。これだけ見事なのに来ていたのは私ともう一人だけ。何とも勿体ないですが、知る人そ知る存在という事でしょう。穴場と言っても良いと思います。

Kugajinja2504071

神光院から自転車で移動する途中、偶然見つけた枝垂れ桜です。既に盛りは過ぎていましたが、花盛り頃には素晴らしく綺麗な桜でしょう。

Honpouji2504071

ソメイヨシノが満開ながら散り初めになりかけています。強風が吹くと大量の花びらが宙に舞っていました。それはそれで綺麗なのですが、もうあまり保たないのかも知れませんね。

・妙顕寺

Myoukenji2504071

庫裏前の八重紅枝垂れ桜か満開。見頃になっています。ソメイヨシノは満開ながら風が吹くと花吹雪となり、散り初めになりつつある所のようです。門前の枝垂れ桜は、向かって右側の木が五分咲き程度、左側は贔屓目に見て二分咲き程度でした。

・本満寺

Honmanji04071

塔頭の八重紅枝垂れ桜が八分咲き程度になっています。ただ、今年は外れ年なのか花数が少なく、寂しい姿でした。

・加茂川

Kamogawa04071

遠目にはソメイヨシノが満開・見頃になっています。実際には散り初めになっているのでしょうか。遠目に見ただけでは何とも言えないです。

・高野川

Resize8691

ソメイヨシノが満開・見頃です。ここは咲き始めが遅かったからなのか、花吹雪は見られませんでした。

 

4月5日現在の情報です。

・東寺

Touji2504051

今日はそうだ京都行こうの特別拝観を利用して東寺に行ってきました。普通に並ぶとどれだけ掛かるか判らないので、ちょっとプチ贅沢をしてみたのです。結果は不二桜が満開ながら見頃過ぎ、ソメイヨシノは満開・見頃でした。衰えの目立つ不二桜は去年一旦持ち直した様に見えたのですが、今年は枝枯れが目立ち寂しい姿になって来ています。枝垂れ桜の管理はやはり難しい様ですね。

混雑は凄かったです。一般入場が始まってからは続々と拝観者が訪れ、あっという間に苑内が一杯になりました。その後も延々と行列は続いていたので、最終的にはどうなっていたか見当も付きません。早い人は五時前から東門に並んでいましたね。明日夜桜に行かれる方は、それくらいから並んでおかないとものすごい行列に並ぶ事になりそうです。

4月4日現在の情報です。

・蹴上インクライン

Inkline2504041

ソメイヨシノが満開・見頃です。朝7時30分に行ったのですが、既に凄い人出でした。平日の朝一番でこれだから、週末はどうなるのでしょうね。

・南禅寺

Nanzenji2504041

枝垂れ桜、ソメイヨシノ共に満開・見頃です。こちらはインクラインと打って変わって、随分と空いていました。でも時間と共に増えて来たので昼からはかなり混んでいたかも知れません。明日、明後日は更に増えるでしょうね。

熊野若王子神社桜花苑

Nyakuouji2504041

熊野若王子神社の裏山にある桜苑です。陽光桜だけが植えられているという珍しい桜苑ですが、とても美しいところですね。今日は満開・見頃となっていました。

・岡崎疎水

Sosui2504041

ソメイヨシノが満開・見頃です。インクラインは凄い人出でしたが、ここを撮る人はほとんど居なかったです。インクラインの続きで、こちらの方が絵になると思うのですが、なぜなんでしょうね。

・平安版宮

Heianjingu2504041

八重紅枝垂れ桜が五分から七分咲き、ソメイヨシノが満開・見頃でした。ただ、八重紅枝垂れ桜の古木は衰えが目立ち、以前の様な豪華さはなくなって来ています。また、東神苑の池の畔の桜はほとんどが新しい木に植え替えられており、ほぼ咲いていません。痛みが酷かったですから更新に踏み切ったのでしょうけど、元の様に華やかになるまでは10年近く掛かるんじゃないかしらん。

・鴨川

Kamogawa2504041

ソメイヨシノと紅枝垂れ桜が満開・見頃、八重紅枝垂れ桜が五分から七分咲き程度です。ここも八重紅枝垂れ桜があまり咲かなくなっていて、以前の様な華やかさは影を潜めています。紅枝垂れ桜も数が減った様に思うのは気のせいかな。

4月1日現在の情報です。

・金戒光明寺

Kurodani2504011

山門南西にある枝垂れ桜が満開・見頃になっています。ソメイヨシノは二分咲きから七分咲きまで混在しています。明日、明後日あたりが見頃になりそうな感じです。

・真如堂

Sinnyodou2504011

縦皮桜と枝垂れ桜が満開・見頃を保っています。今年は急に冷え込んだせいか見頃が長く続きますね。ソメイヨシノは二分咲きから五分咲きまで混在しています。八重紅枝垂れ桜も二分咲き程度でした。あと、花の木も良く見ないと判らないですが、赤い花が咲いていますよ。

近くの宗忠神社は遠目に見ただけですが、まだ咲いていない様子でした。

・知恩寺

Chionji2504011

境内の奥にある紅枝垂れ桜が満開・見頃になっています。この桜が咲いているところは初めて見ましたが、こんなに綺麗だとは知りませんでした。

・京都府立植物園

Kytofuritisyokubutuen2504011

菖蒲池の畔にある枝垂れ桜が満開・見頃を保っています。この桜も縦皮桜同様寒さのおかげでしょうか。桜苑では早咲き系の枝垂れ桜が満開・見頃、特に富士枝垂れ桜という品種が小振りながら紅白入り交じって鮮やかでした。ソメイヨシノは二分から五分咲きが混在しています。

・妙顕寺

Myoukenji2504011

庭園の紅枝垂れ桜目当てに行ったのですが、残念ながら五分咲き程度でした。それに花数そのものも少ない様な気がします。ソメイヨシノは七分咲き程度で、まずまず見頃です。門前の枝垂れ桜はまだつぼみでした。

・京都府庁旧館

Kyotofuchyou2504011

枝垂れ桜、紅枝垂れ桜、容保桜が満開・見頃です。とても華やかで見応えがありました。

・相国寺

Syoukokuji2504011

ヤマザクラが満開・見頃です。ただ、法堂に続く参道にあるヤマザクラは葉が出ているだけで花がありません。異常気象でおかしくなっつてしまっのかしらん。

3月31日現在の情報です。

・車折神社

Kurumazakijinja2503311

渓仙桜が満開ですが少し見頃を過ぎた感じです。河津桜が満開見頃、ソメイヨシノは五分咲き程度でした。全体として華やかな境内でしたよ。

・嵐山

Arasiyama2503311

ソメイヨシノとヤマザクラがほぼ満開でした。中の島には行ってないので良く判らないです。上流斜面の桜は、遠目には満開の様に見えました。実際はどうかは確信が無いです。

・天龍寺

Tenryuji2503311

枝垂れ桜が満開・見頃です。遠くに見えるのは比叡山、とても良い眺めでしたよ。三つ葉ツツジや吉野ツツジも綺麗でしたよ。開園と同時に入ったのですが、すぐに外人さん達で一杯になりました。その後も続々と押し寄せていたので、日中の混雑は相当なものだと思われます。

・常寂光寺

Jojyakkouji2503311

山門手前左側にある枝垂れ桜が満開・見頃になっています。これだけ見事な桜があるのに拝観者が少ないのは不思議ですね。多宝塔下の八重紅枝垂れ桜は二分咲き程度でした。

・落柿舎

Rakusisya2503311

紅しだれ桜が満開・見頃になっています。去年はこの裏に2本の枝垂れ桜があったのですが、なぜか今年は無くなっていますね。事情を聞きたかったのですが、タイミングが掴めず判らず仕舞でした。

不思議なのは車折神社や嵐山では咲いていたソメイヨシノが、嵯峨野路に入ると全く咲いていなかった事で、どういう事なのでしょうね。ちらほら咲きですら無く、一輪も見なかったです。この落差はどうしたことなのかしらん。あまりに咲いていなかったので、化野念仏寺や大沢池に行くのはやめにしました。

3月29日現在の情報です。

・六角堂

Rokkakudou2503291

今日の六角堂は満開・見頃でした。境内一円に咲き乱れる桜は本当に見事ですね。人出も多かったですが、半分以上はインバウンド、それもお隣の方が多かったです。なぜか彼らは入り口から右手の方にばかり固まり、お地蔵様の方には来ないのが不思議でした。そういう写真ばかりが出回っているのですかね。

なお、境内のソメイヨシノも満開近くになっていました。二日前にはどこも咲いていなかったのですけどね、ちょっとした驚きです。

3月27日現在の情報です。このところの暖かさで早咲きの枝垂れ桜が一気に咲き始めました。先週までつぼみは硬かったのですけどね、咲き始めるとここまで速いとは驚きです。なお、ソメイヨシノが咲いているところはまだありません。

・本満寺

Honmanji2503271

およそ七分咲き程度、満開まであと一息ですね。多分明日くらいには見頃になっているんじゃないかしらん。ただ、昼から雨の予報が気になります。訪れるなら午前中が良いかも、です。

・京都御苑 近衛邸跡

Konoeteiato2503271

早咲き系の糸桜が満開・見頃になっています。桜情報では週初めに咲き始めたところだったはずなのですけどね、ここまで咲いているとは思いませんでした。人出も平日の早朝にも関わらず結構なものでしたよ。

・京都御苑 白木蓮

Hakumokuren2503271

年によって当たり外れの大きいこの花ですが、今年は当たり年でした。素晴らしい咲きっぷりでしたね。まだ満開になったばかりらしく、花の状態もとても綺麗でした。

・京都御苑 桃林

Momobayasi2503271

桃林も満開・見頃になっています。紅白揃って咲き乱れる様は桃源郷そのもの。まだ小さい木が多いですが、花はとても綺麗ですよ。

・京都御苑 出水枝垂れ桜

Demizusidare2503271

京都御苑で真っ先に咲くこの花も満開・見頃になっていました。ただ、年々、少しずつ枝が減っているのが気になりますね。今年はとうとう正面がすかすかになってしまいました。この先大丈夫なのかなと、少し心配です。

・有栖川旧邸

Arisugawatei250271

有栖川旧邸の枝垂れ桜も満開・見頃になっています。ただ、昨年は特別公開がありましたが、今年は無い様ですね。持ち主が変わって方針も変わったのかしらん。

・水火天満宮

Suikatenmangu2503271

紅しだれ桜が満開・見頃になっています。一時少し寂しくなりかけていましたが、今年は持ち直した様ですね。とても綺麗で見応えがありますよ。

・妙蓮寺

Myourenji2503271

御会式桜が八分咲き程度になっています。門前の二本は満開・見頃、ソメイヨシノはまだ一輪も咲いていませんでした。

・千本釈迦堂

Okamezakura2503271

阿亀桜が満開・見頃になっています。しかし、10年程前から始まった衰えは止まらず、全盛期の三分の一程度しか咲いていません。大事にされている様なのに、どうしてなのでしょうね。

・平野神社

Hiranojinja2503271

魁桜が満開・見頃になっています。陽光桜は三分から五分咲き程度。桜苑では数本の枝垂れ桜が満開・見頃になっています。ここも人出は多かったです。

・立本寺

Ryuhonji2503271

本堂前の枝垂れ桜が満開・見頃になっています。ただ、自転車で行ったのですが、境内に駐めるなと注意されました。20年以上通い続けて初めて言われましたね。置き場も無いとの事で、自転車で参拝してはいけないという世にも不思議な寺になってしまいました。

京都・洛北 京都梅事情2025 ~金福寺 3.21~

Konpukuji2503261

令和7年3月21日の金福寺です。この日は紅梅が満開・見頃になっていました。

Konpukuji2503262

実は前日に詩仙堂に来たときに一緒に拝観するつもりだったのですが、令和5年から水・木と拝観休止になっていたのを忘れていたのでした。続けて同じ場所を訪ねるのもなあと思ったのですが、梅の見頃は待ってくれないと思って出かけたのでした。

Konpukuji2503263

金福寺を訪れるのは主として紅葉の時ですが、梅があるのはずっと以前から気付いていました。でも、梅の季節になると他に気を取られて忘れてしまうのですね。初めて梅を見に来たのは去年のことで、その美しさに惹かれて今年もやって来たという次第です。冬枯れの景色の中に添えられた紅梅の色は、何とも上品で素敵ですね。

Konpukuji2503265

この日は快晴でしたが、遠くの山は霞んで見えました。いわゆる春霞ですね。黄砂かなと思ったのですが、調べてみるとこの日はまだ飛来しておらず、別の要因だったのでしょう。昔から詠われてきたこの季節らしい景色です。

Konpukuji2503266

金福寺には安政の大獄で幕府側の間者として活動した村山たか女が建立した弁天堂があります。その弁天堂の鬼瓦は蛇が象れているという珍しいものです。蛇は弁天様の使いとされ、各地にある弁天堂には蛇の絵馬や置物が奉納されている事が多いのですが、鬼瓦というのはここぐらいじゃないのかしらん。金福寺に行くと弁天堂にもお参りするようにと勧められるのですが、その時に屋根も忘れずに見上げてみてください。

2025年3月26日 (水)

京都・洛北 早春の庭2025 ~詩仙堂 梅・椿・サンシュユ 3.20~

Sisendou2503261

令和7年3月20日の詩仙堂です。この日は老梅関(二つ目の門)を潜ったところにある紅梅が見頃を迎えていました。

Sisendou2503262

この梅の樹齢は判りませんが、相当な古木と思われ、花数は少ないですが佇まいが良いですね。侘び寂びの効いた詩仙堂に良く似合っています。

Sisendou2503263

庭園は一見して冬の世界、何も無いように見えます。でも、少し探すと春の息吹を見つける事が出来ます。

Sisendou2503265

階段脇の生け垣では椿が咲いていました。何度も来ているのに、この生け垣が椿だとはこれまてで気が付かなかったですね。残念ながら品種までは判りませんが、綺麗な花でしたよ。なお、この庭で有名な丈山椿は晩秋から初冬にかけて咲く早咲きで、既に時期は過ぎていました。

Sisendou2503266

藤棚の近くではサンシュユが咲いていました。この季節に来たのは初めてなので、この木にも気付いていなかったです。でも、秋に赤い実はあったかなあ。

Sisendou2503267

庭の一番奥、坐禅堂の前には二本の枝垂れ梅が咲いていました。この写真では判らないですが、ちゃんと花は咲いていましたよ。もう数年経つともっとしっかり咲くようになるのでしょうね。

Sisendou2503268

帰り道、一条寺中谷さんでお土産を買って帰りました。ここは和菓子と洋菓子の両方を扱っているのでどちらにしようかと迷うのですが、この日は一条寺武蔵というおまんじゅうにしました。下り松で決闘したという宮本武蔵にちなんだお菓子で、刀の鍔を象っています。栗入りこしあんとふづあんの二種類があり、どちらもあっさりしていて美味しかったですよ。他にも美味しそうなお菓子が色々あるので、次に来た時にまた寄せて貰おうと思っています。

2025年3月25日 (火)

京都・洛東 早春の境内2025 ~真如堂 3.18~

Sinnyodou2503251

黒谷から真如堂へ来ました。3月も半ばを過ぎましたが、本堂の前から見るこの景色は冬の姿のままです。

Sinnyodou2503252

数年前に本堂前に設置された香炉です。三ツ藤が真如堂の寺紋なのですね。とても見栄えのする立派なものですが、実際に使っているところは見た事がありません。お十夜の時にでも使うのかなと思っていたのですが、蓋は閉じたままでしたね。良く考えたら屋根が無いし、雨が降ったら使えない。お香を置く台も無いし、ここにあるという事に意味があるのかしらん。この香炉が置かれた時は、少し格が上がった様な感じがしましたからね。

Sinnyodou2503253

この日真如堂を訪れたのは、サンシュユが咲いたと知ったからです。写真に撮ったら判りにくくなりましたが、肉眼で見ると黄色い霞が掛かったように見え、とても美しいのです。

Sinnyodou2503255

サンシュユがあるのは境内の東北、石薬師堂の周辺です。奥まった場所にあり、ここまで来る人は少ないですね。この日気付いたのは赤い幟が立っていた事で、京都十二薬師霊場である事を示しています。あれっと思って調べてみると、令和5年に地福寺が抜けた後を受けて五番札所になったのだとか。その割にこの幟が立ったのはごく最近ですね。両方のお寺も何度も訪れているのに、入れ替わったのは全く知りませんでした。

Sinnyodou2503256

境内ではサンシュユの他に馬酔木も咲いていました。以前はもっと鬱蒼としていたのですが、ここ何年かの間に徐々に枯れてしまい、随分と寂しい姿になっています。でもこの花を見ると春が来たなと感じますね。地味だけど、じっくり見ると真珠の様な光沢があり、なかなか美しい花ですよ。

追記

3月25日現在の梅と桜の情報です。

・清凉寺 多宝塔前の紅梅は散り始め、白梅は満開ながらやや見頃過ぎでした。河津桜は満開・見頃です。

・大覚寺 左近の梅が満開・見頃です。あと白梅が一本あり、こちらも満開・見頃でした。

・大沢池 一部で散り始めから見頃過ぎ、半ばは満開・見頃でした。全体に花数が少なく、少し寂しいですね。池の北岸に大きなサンシュユがあり、見事な花を咲かせていました。ソメイヨシノはつぼみが膨らんできた程度。今週末に開花するかどうかという感じです。

2025年3月24日 (月)

京都・洛東 京都梅事情2025 ~黒谷・金戒光明寺 3.18~

Kurodani2503231

知恩寺から黒谷こと金戒光明寺に来ました。ここには勅使門前に二本の紅梅と一本の小さな白い白梅があるのですが、右側の紅梅が七分咲き程度、白梅が満開、間の紅梅はつぼみが膨らんだ程度でした。

Kurodani2503232

この梅は樹齢200年以上と言われます。樹形の良さと古木の風情は素晴らしく、京都の中でも一、二を争う梅ではないかしらん。

Kurodani2503233

ただ、今年は花付きが少し良くない様な感じがします。まだ花が開ききっていないせいかも知れませんが、少しスカスカした様ですね。

Kurodani2503235

花は八重で、やや薄くて上品な感じのする紅梅ですね。こんな上質な梅なのに、あまり見に来る人が居ないのが不思議な気がします。

Kurodani2503236

こちらは御影堂横から見た様子。やはり花数が少なくて、ちゃんと咲いている様には見えませんね。もう少し時間が経てば、見答えのある景色になっていたかも知れません。

この梅はどうだろう、まだ盛りが続いているかしらん。もしそうなら向かいの紅梅も咲いていて、とても華やかになっている事でしょうね。

2025年3月23日 (日)

京都・洛東 京都桜事情2025 ~知恩寺 3.18~

Chionji2503211

長徳寺から知恩寺に来ました。ここにはおかめ桜と並ぶ早咲きのふじ桜があります。この日は丁度満開・見頃を迎えていました。

Chionji2503212

ふじ桜は御影堂の南西、鐘楼の前にあります。私がブログを始めた当時から知られた桜でしたが、20年以上経った今もあまり大きくなってないですね。あまり太らない性質の桜なのでしょうか。

Chionji2503213

この桜、ふじ桜と呼んでいますが、実はその根拠は曖昧です。20年前にこの桜を知った時、ふじ桜とあったのでそれを踏襲していますが、いくら調べてもこれと同じ桜が見つけられないのですね。ネットでは富士桜で富士山の周囲に多い豆桜の事とあるのですが、どう見ても豆桜とは違います。似た桜はいくつかあるのですが、決め手が無くて困っています。

Chionji2503215

正体は判らないのですが、京都に桜の季節の到来を告げる花の一つです。この花が咲いたら魁桜や出水の枝垂れ桜が咲くのももうすぐです。週明けにも確かめてこようと思っています。

追記

3月22日現在の梅と桜の情報です。

・下京中学校成徳学舎の春めき桜が満開・見頃になっています。ここもすっかり有名になって、早朝から大勢の人が撮影に訪れていました。

・京都府立植物園

 まず梅がようやく見頃を迎えました。彼岸を過ぎた梅林の景色とは思えないほど美しいですね。紅白共に満開です。

 次に、サンシュユが満開・見頃になっています。通路沿いの大きな木や奥にある数本の木も咲き揃っていて、とても綺麗ですよ。

 ミモザもまた咲いていました。満開なのかどうかは正直判らないのですが、部分的には結構見応えがある様になっています。

 あと、早咲きの桜が咲いています。唐実桜、細井桜、おかめ桜、十六家桜などが満開でした。特に細井桜は見事でしたよ。

2025年3月22日 (土)

京都・洛東 京都桜事情2025 ~長徳寺 3.18~

Choutokuji2503221

三室戸寺から出町柳の長徳寺に来ました。ここではおかめ桜が七分咲きになっていました。

Choutokuji2503222

この桜、台風で酷い被害に遭った時はどうなる事かと思いましたが、上手く仕立て直しましたね。昔を知らなければ、若々しい桜が綺麗な花を付けていると思うことでしょう。

Choutokuji2503223

おかめ桜はイギリスで作出された桜。豆桜と寒緋桜を掛け合わせたのだとか。花の小ささは豆桜から、花色の濃さは寒緋桜から受け継いだのでしょう。調べてみるとイギリスにも桜の名所はあり、日本から送られた桜やおかめ桜の様に現地で作出された桜が咲いている様です。外国で桜を見る気分というのはどういうものなのでしょうね。

Choutokuji2503225

こちらは後から北隣に植えられたおかめ桜。同じ桜なのにこの木は満開でした。日当たりは門前の木の方が良さそうなのですが、なぜかこの木の方が早く咲いた様です。桜が咲くメカニズムは、日当たりだけでは説明が付かない様ですね。この横には寒緋桜が咲いています。そろそろこの木は盛りを過ぎ、散り始めている頃かな。この花が終わる頃には早咲きの枝垂れ桜が咲いている事でしょう。また見て回るのに忙しくなりそうです。

追記

3月21日現在の梅と桜の情報です。

・金福寺 紅梅が満開・見頃となっています。それほど大きな木ではないですが、庭の良いアクセントになっていて、なかなか綺麗ですよ。

・霊光院天満宮 今出川新町下がるにある菅原道真公と徳川家康公を祀る神社です。境内で白梅と紅梅が満開・見頃、門前の紅梅はつぼみが膨らんで遠目には赤く色付いて見えました。おそらく知る人は少なく、穴場だと思われます。

・一条戻橋 河津桜が7分咲き程度になっています。この期に及んでまだ満開になっていないのには驚きましたが、明日あたりには見頃になっているんじゃないでしょうか。ここも有名になった様で、沢山の人が来ていました。

2025年3月21日 (金)

京都・洛南 京都梅事情2025 ~三室戸寺 3.18~

Mimurotodera2503211

令和7年3月18日の三室戸寺です。この日はしだれ梅が見頃を迎えていました。

Mimurotodera2503212

三室戸寺のしだれ梅園はその名の通り枝垂れ梅ばかりで、その数250本、とても見応えがあります。開園してから5年目を迎え、どの木もしっかり根付いて美しい花を咲かせていますね。

Mimurotodera2503213

ほとんど同時に咲くような梅が植えられているように思えるのですが、中には既に散りだしている木もありました。一方でまだ二~三分咲きの木もあって、一様では無い様です。でも、全体としては満開の木が多く、とても華やかでした。

Mimurotodera2503215

ここは開園してからまだ日が浅く、それほど訪れる人は多くありません。穴場と言って良く、去年は数人程度だったかな。でも、今年は時間と共に人が増えて行き、帰り道には三々五々と寺に向かう人たちとすれ違いました。かなり知れ渡ってきたという事で、この分だとやがて城南宮の様に混み合う場所になるかも知れません。

Mimurotodera2503216

まあ、城南宮と違ってとても広いので、混雑するという事は無いと思われます。一つ残念なのはバリアフリーでは無いという事で、足の弱い方にはお勧め出来ません。山を切り開いて作った梅園なので、仕方無い事なのですけどね。私も急な坂道を降りるときは、滑らない様にするのが大変でした。でも、これだけの綺麗な梅園は、誰にでも見せてあげたいです。

Mimurotodera2503217

話は変わりますが、「月刊住職」という雑誌に拠れば、今宗教界では三室戸寺がちょっとした話題になっているとの事です。一つは西国三十三所霊場会から脱会した事、もう一つは本山修験宗から抜ける意思を示したという事です。霊場会は戦後に三十三の寺が集まって作った任意団体で、親睦を深める事を主な目的とし、行事や配布物を話し合う場でもあるそうです。三十三所霊場自体は平安時代からの歴史を持ち、霊場会を抜けたからと言って第十番札所では無くなるという事は無いそうですが、何の相談や説明も無く突然離脱届が届き、事務局としては困惑しているそうですね。本山修験宗も同じで、いきなり離脱する旨の書類が届き、別格本山がなぜと驚いているところなのだとか。手続きとしては規定どおりで、受理せざるを得ないそうですが、何とか話し合いで引き留めたいと考えているそうです。しかし、どちらも三室戸寺が話し合いに応じでくれないらしく、なし崩し的に事が運びそうですね。

宗派から独立した単立寺院は珍しくなく、法相宗から北法相宗として離れた清水寺が代表格ですね。三室戸寺も何か訳があっての事と思われますが、なぜ理由を明示して話し合いに応じないのでしょうね。紫陽花で知られる花の寺で、私のように主として花を目当てに訪れる者としては何宗になっても支障は無く、敬意を表するためにご本尊を拝みますが、本山修験宗の寺だから訪れていた人はどう思っているのでしょう。また、三十三所巡りをする人がとまどう事は無いのかな。由緒ある寺なのに、理由を示さず一方的に離脱するというのは何故なんだろうなあという気はします。

2025年3月20日 (木)

京都・洛中 京都梅事情2025 ~祐正寺 3.12~

Yusyouji2503201

地福寺から七本松通を少し下がり、下立売通を東に入ると祐正寺があります。ここでも枝垂梅が見頃を迎えていました。

Yusyouji2503202

祐正寺は阿弥陀如来をご本尊とする士浄土宗の寺ですが、境内にある妻娶(つまとり)地蔵の方が有名ですね。妻娶地蔵は寛文十三年(1673年)に霊元院法皇の勅願によって創建された地蔵堂です。勅願の社寺は良くありますが、地蔵堂というのはちょっと珍しいかも知れません。その名の通り妻を娶る御利益があるとされ、男性向けの縁結びのパワースポットなのですね。

Yusyouji2503203

縁結びのパワースポットは数ありますが、拝んでいるのはほぼ女性で、男性を見かける事はまずありません。別に女性専用という訳では無いのでしょうけど、実質的に女性用になっていますね。男性は基本的にシャイなのかしらん。男性専用と銘打っているのはここくらいなのかな。実際に拝んでいる人は見たことが無いのですが、私は息子達のご縁を願って来る度に拝んでいました。その甲斐あってか、二人とも所帯を持つことが出来、お礼参りもさせて頂いています。経験者の私が言うのですから、御利益は確かですよ。

Yusyouji2503205

梅はご覧の通り華やかなものでした。もっと凄い時はこの倍くらいは咲き、枝垂れ桜と見紛うほどになります。ずっと以前になりますが、参拝に来ていた親子連れが、お子さんが枝垂れ梅だと言うのに対し、お母さんの方がこんな梅があるはずが無い、桜だと言い張っていたのを覚えています。それくらい凄かったですね。近年は不調の年が多くあまり咲かなかったのですが、今年はまずまずでした。

この梅ももう散っている頃でしょう。来年はどうなるかな。また枝垂れ桜の様な豪華な姿を見せてほしいものです。

2025年3月19日 (水)

京都・洛中 京都梅事情2025 ~地福寺 3.12~

Chifukuji2503181

七本松通を下って地福寺に来ました。ここで毎年楽しみにしているのがこの枝垂れ梅。一本きりしかありませんが、咲きっぷりが良く、とても美しいのです。

Chifukuji2503182

全体像はこんな感じ。道路脇に突然現れるので、存在感は抜群です。この姿を見て、今年も咲いてくれたと嬉しくなりました。

Chifukuji2503183

この梅は年による差はほぼ無いのですが、今年は気持ち花数が少なかったかな。まあ、これだけ咲いていれば十分ですが。

Chifukuji2503185

地福寺は薬師如来を本尊とし、日を限って願うと耳の病気が治る日限薬師として知られます。以前は京都十二薬師霊場の五番霊場だったのですが、いつの間にか脱会したようですね。かつては赤い幟が掲げられていましたが、今は無くなっています。何があったのでしょうね。

Chifukuji2503186

この花もそろそろ散り初めている頃でしょうか。また来年、満開の花を見せてほしいと思っています。

2025年3月18日 (火)

京都・洛中 京都梅事情2025 ~北野天満宮・梅苑 3.12~ 

Kitanotenmangu2503171

有料区域に入りました。入苑料は1200円、毎回書いていますが、昔を知る者としてはやっぱり高いです。以前は庶民にも優しかったのに、インバウンドと富裕層向けに方向転換したという事かな。維持費が掛かるのは判りますが、参拝者の多くは庶民のはず。信心があれば誰でも受け入れるのが神社だと思うのですが、テーマパークよろしく特別区域を作って嫌なら入るなと言うのは、何だかなあという気分は抜けません。

Kitanotenmangu2503172

まあ、文句を言いつつも、一番綺麗な梅を見るためには有料区域に入るしかありません。梅は境内と同じく早咲き系が満開・見頃、中咲き系が五分から七分咲き、遅咲き系はまだ咲いていないという状態でした。全体としてはまずまずの見頃でしたね。

Kitanotenmangu2503173

ここで惜しかったのは、右端の枝垂れ梅がまだ咲いていなかった事。遅咲き系なのかな、もし咲いていれば紅白揃ってもっと綺麗だったのでしょうけどね。

Kitanotenmangu2503175

こちらは展望台からの景色です。一見とても華やかなのですが、子細に見るとまだ咲いていない枝も目立ちます。最高潮はこの数日後だった事でしょう。

Kitanotenmangu2503176

数ある梅の中で一番気に入っているのがこの白梅。池に面した佇まいも良く、花もしっかり咲いていて見応えがあります。ここに来る度に見るのを楽しみにしています。

Kitanotenmangu2503178

北野天満宮の見頃はまだ続いているかしらん。早咲きの梅は散り始めているかも知れませんね。本殿前の飛び梅はたぶん見頃でしょうか。次に来るのは北野桜の咲く時分。ただ、この桜は見頃を見極めるのが難しいのですよね。増して今年はどうなる事やら。でも、後継木がどんな咲き方をするのか気になるので、こまめに情報を集めようと思っています。

追記

今日の梅と桜情報です。

・三室戸寺 梅園の梅が満開・見頃になっています。一部の白梅で花が散っていた一方、まだ咲いていない紅梅もありましたが、全体としては今が盛りと感じました。まあしかし見応えがある梅林です。去年はまだ穴場中の穴場だったのですが、今日は時間と共に訪れる人が増えて来ました。ここもだんだんと知られる様になり、そのうち城南宮の様に混み合うことになるでしょう。

・黒谷 勅使門前の紅梅が満開・見頃になっています。毎年結構遅く咲くのですが、今年は早咲きの梅が散る前に満開になりました。向かい側の遅咲きの梅はつぼみが膨らんだ程度でした。

以下は早咲きの桜です。

・長徳寺 おかめ桜が7分咲き程度になっていました。ただ、隣の公園側にあるおかめ桜は満開・見頃です。こちらの方が日当たりが悪いと思うのですが、不思議な現象です。寒緋桜は満開でした。

・知恩寺 ふじ桜が満開・見頃になっています。清楚で綺麗な桜ですね。

・一条戻橋 河津桜がちらほら咲きでした。3月12日に見たときには、今にも咲きそうだったのですけどね。少し低温の日が続いたせいでしょうか。ちょっと意外でしたね。

2025年3月17日 (月)

京都・洛中 京都梅事情2025 ~北野天満宮・境内 3.12~

Kitanotenmangu2503161

相国寺から北野天満宮に来ました。3月1日に来たときはほとんど咲いていなかった梅が、早咲き系を中心に見頃を迎えていました。

Kitanotenmangu2503162

今年はいつ見頃になるのやらと思われた梅ですが、3月に入って一気に進み、どうやら例年より10日遅れ程度で収まった様です。この綺麗な花を見たときは正直ほっとしましたね。

Kitanotenmangu2503163

平日にも係わらず、拝観者は結構多かったです。皆さん梅の開花を待ち焦がれていたのでしょうね。ただ、漏れ聞こえてくる話声を聞いていると、初めて来たと思われる人が意外と多かったです。もしかしたら、この前日あたりにテレビか新聞で満開というニュースが流れたのでしょうか。

Kitanotenmangu2503165

早咲き系は満開でしたが、中咲き系は五分から七分咲き程度。本殿前の飛び梅は三分咲き程度でした。今頃はどうだろう、早咲き系が散り始め、中咲き系が満開、遅咲き系が咲き始めといったところかしらん。

Kitanotenmangu2503166

宝物殿前の梅です。楼門の大提灯とのコラボを撮ろうと頑張ったのですが、次から次へと人がやってくるのでこれが精一杯。これ以上カメラを下げると人だらけの写真になってしまいます。まあ、こういう事を考えた時点で無謀なのですけどね。もっと早い時間に来ないと思った様な構図は取れません。

明日は梅苑の様子をお届けする事にします。

2025年3月16日 (日)

京都・洛中 京都梅事情2025 ~相国寺 3.12~

Syoukokuji2503151

令和7年3月12日の相国寺です。この日は鐘楼前の植え込みにある白梅が満開・見頃になっていました。

Syoukokuji2503152

一時枝が大きく刈り込まれたことがあって、数年の間花数の少ない時期があったのですが、今はすっかり伸びて沢山の花が咲いています。

Syoukokuji2503153

でも、これだけ伸びるとそろそろ次の刈り込みの時期に近付いているかな。梅は基本枝を切るものですが、丸坊主に近いところまで切り詰める必要があるのかどうかは判りません。前回はほとんど幹だけになるほど刈り込まれていたのですけどね。

Syoukokuji2503155

こちらは塔頭の林光院の塀越しに咲いていた白梅です。ここには銘木の鶯宿梅の後継木が植わっているのですが、6年でここまで大きくなるとき思えず、この梅は多分別の梅なのでしょうね。この向かい側の大通院にも白梅が咲いていたのですが、位置的に上手く撮る事が出来ませんでした。

ここの白梅もそろそろ散り始める頃かな。今年も綺麗な花を見ることが出来て良かったです。

2025年3月15日 (土)

京都・洛南 京都梅事情2025 ~東寺 3.11~

Toji2503151

城南宮から東寺に来ました。ここでも梅が満開・見頃になっていました。

Toji2503152

東寺の梅林は、有料区域の東北隅にある、ごく小規模なものです。でも、手入れは行き届いており、綺麗な花が咲いていました。

Toji2503153

向こうに見えているのは講堂と金堂。それぞれ立体曼荼羅と薬師三尊が祀られています。ここに来る度に拝観していますが、立体曼荼羅の仏像群、薬師如来の迫力ある姿には、何度見ても圧倒される思いがします。特に立体曼荼羅は弘法大師の構想力の見事さには見とれるばかりです。

Toji2503155

東寺の梅林の魅力は、五重塔とのコラボが撮れる事ですね。数ある梅林の中でも、唯一と言って良い存在です。

Toji2503156

小規模とは言え、そのぶん密集しているので、外から見ると花が重なり合って奥行きを感じますね。花色もとりどりで、とても美しいです。

Toji2503157

この写真を撮ってから4日、もう少しすると散り始める頃でしょうか。見に行かれるなら急がれた方が良いですよ。

2025年3月14日 (金)

京都・洛南 京都梅事情2025 ~城南宮 3.11~

Jonangu2503131 

令和7年3月11日の城南宮です。この日は枝垂れ梅がほぼ満開・見頃となっていました。

Jonangu2503132

この日はあいにくの雨。でも前日のホームページで五分から六分咲きとあったので、たぶん一気に咲いているだろうと予測して訪れてみました。結果はご覧の通りほぼ満開、とても綺麗な花を見る事が出来ました。

Jonangu2503133

同じように考えた人が多かったのでしょうね、雨の早朝にも関わらず、結構な観梅者が来ていました。それでも、もし晴れていて満開という情報が行き届いていたら、それこそ身動きが取れないほどの混雑になっていた事でしょう。

Jonangu2503135

城南宮の定番写真、落ち椿と枝垂れ梅です。今年は去年と構図を変えてみましたが、ちょっと椿の数が少なかったのが残念です。

Jonangu2503136

枝垂れ梅が咲いているのは五つの庭の内「春の山」。枝垂れ梅の他に椿も見頃とあったのですが、思った程さいておらず、そちらは少し残念でした。

城南宮の梅まつりは3月22日まで。まだ見頃は続いていると思われますが、散り始めた花が地面を染める「惜梅」もまた見応えがあるそうですよ。拝観料は1000円。最近の梅林としてはスタンタードの料金になってしまいましたね。ちょっと財布には痛いけれど、これだけ見応えがあれば元は取ったという気にはなれますよ。

2025年3月13日 (木)

菜の花畑2025 ~守山市 第一なぎさ公園 3.7~

Daiichinagisakouen2503121

梅小路公園から府県境を越えて守山市の第一なぎさ公園に来ました。目的はこの菜の花畑、丁度見頃という事だったので訪れてみる事にしたのです。

Daiichinagisakouen2503122

第一なぎさ公園は琵琶湖の畔にあり、琵琶湖大橋東詰から少し北に向かって歩いたところにあります。守山市に属しますが、公共交通機関で訪れる場合、琵琶湖線の守山駅からバスに乗るよりも、湖西線の堅田駅からバスに乗った方が早いという位置になります。梅小路公園からなら1時間程度と、割と近いですね。ただし、守山駅にしても堅田駅にしてもバスの本数が1時間に一本しかなく、上手く電車を選ばないと駅で待ちぼうけを食らうという事になってしまいます。帰りも同じで、良くバスの時間を確かめておかないと酷い目に遭うことになります。守山はそれほど田舎ではないと思うのだけど、現実はこんなもの。やはり自家用車で訪れるべき場所かも知れません。

Daiichinagisakouen2503123

訪れたのは日没前の時間帯。「菜の花畑に入り日薄れ」という歌の様な写真を撮りたかったのです。ところが来てみると大きな誤算があったのでした。まず、もっと広い場所だと思っていたのでいすが、意外に狭いのですね。そして何より、日が沈む西側には大きなマンションが建っており、どう頑張っても入り日と絡めるのは無理なのでした。

ちなみに唱歌「おぼろ月夜」の舞台となったのは長野県の飯山市。そこにも菜の花畑はあるそうで、いつか行ってみたいですね。

Daiichinagisakouen2503125

ここの写真が菜の花と雪化粧をした比良山とのコラボばかりという理由は、現地に来てこれしか無いという事が良く判りました。何とかバリエーションを撮ろうと頑張ったのですが、東は疎林、西はマンション、南は道路と工夫の仕様が無かったです。

Daiichinagisakouen2503126

菜の花も梅と同じく大きく遅れており、例年なら1月末頃から見頃になるはずが、今年は2月末になってやっと開花したとの事です。こここまでずっとおかしかった春の花も、桜は平年並みに戻るとか。その跡、4月の気温は平年並みとの事ですから、暫くは花も落ち着いて楽しめそうです。

2025年3月12日 (水)

京都・楽南 京都梅事情2025 ~梅小路公園 3.7~

Umekoujikouen2503111

令和7年3月7日の梅小路公園です。この日は梅が満開・見頃を迎えていました。

Umekoujikouen2503112

梅小路公園はJR貨物梅小路駅の跡地に整備された公園で、平成2年に平安遷都1200年を記念して開園しました。非常に広い公園で、芝生広場や中央広場、日本庭園である朱雀の庭などがあり、平成24年には内陸型の水族館も開園しています。また、隣接して京都鉄道博物館もあり、常に賑わいを見せていますね。

また、ここは平家の屋敷群があった場所で、六波羅から拠点を移した平家の屋敷群がありました。

Umekoujikouen2503113

梅林は平成12年に下京区誕生120周年を記念して開設されたもので、150本14品種が植えられています。公園の南東隅にあり、北の梅林、東の梅林に分かれ、中に園路が整備されていて梅こまちと呼ばれます。本来の予定では3月2日まで梅まつりが開かれ、その期間中だけ梅林内に入れる事になっていたのですが、今年は梅の開花が大幅に遅れたからでしょうか、この日も自由に出入りする事が出来ました。

Umekoujikouen2503115

園内には梅林以外にも梅は咲いています。梅林の梅がかなり剪定されて形が整えられていますが、この来は自然樹形でありながら、とてもよく咲いていましたね。

Umekoujikouen2503116

もう一カ所、園内マップには梅林とは記されていませんが、南のフェンス添いにも梅が沢山和えられています。正直言ってあまり手入れされていない感じで、奔放に枝が伸びている感じですが、花そのものは沢山咲いていました。

Umekoujikouen2503117

フェンスのすぐ外には嵯峨野線と東海道本線が通っており、ひっきりなしに電車が通ります。ベンチもあって、鉄道ファンなら一日中座っていられるんじゃないかしらん。少し向こうには新幹線も見えますよ。元々貨物駅だった梅小路公園らしい景観とも言え、せっかくだから俄撮鉄になって、梅と電車を絡めた写真を狙ってみました。しかし、所詮は俄、なかなか絵にするのは難しく、本物の撮鉄の様には行きませんね。中井精也さんならここをどんな風に切り取るのかしらん。プロの技を見てみたいものです。

追記

今日3月12日現在の梅開花情報です。

・相国寺 上立売通沿いの白梅が満開・見頃です。林光院の塀越しに見える梅も満開で綺麗でした。

・北野天満宮 早咲き系の梅が満開・見頃です。中咲き系もかなり咲いていますが、本殿前の飛び梅などは三分咲き程度。遅咲き系は全く咲いていません。全体としてはまずまず華やかで、見応えがあります。

・地福寺 塀越しに咲く枝垂れ梅が今年も綺麗に咲いています。丁度今が見頃です。

・祐正寺 枝垂れ梅が満開・見頃です。年によって咲き方にむらのある梅ですが、今年はまずまず咲いています。枝垂れ桜と見間違う程ではないですけどね。

・智恵光院 満開・見頃なのですが、木の上部が枯れてしまったのかな、花がありません。どうしちゃったのかな。

あと、早咲き系の桜ですが、

・長徳寺 おかめ桜はつぼみが膨らんだ程度。寒緋桜は数輪だけ咲いていました。

・知恩寺 ふじ桜もつぼみが膨らんだ程度です。

・一条戻橋 河津桜もつぼみが膨らんだ程度で、まだ一輪も咲いていませんでした。

2025年3月11日 (火)

京都・洛中 第59回京の冬の旅 ~東本願寺 宮御殿・桜下亭 3.7~

Higasihonganji2503101

京の冬の旅、四カ所目は東本願寺に来ました。ここに来るのは去年の12月5日以来、綺麗だった銀杏も裸木になり景色は一変していましたが、間もなく新芽が芽吹き、青々とした姿を取り戻す事でしょう。

Higasihonganji2503102

東本願寺で特別公開されるのは宮御殿と桜花亭です。正直、これまで東本願寺にこういう施設があるとは知らなかったのですが、それだけにどんなところか楽しみです。

受付は参拝案内所の前。いつもは御影堂と阿弥陀堂を参拝するだけですが、改めて境内図を見ると敷地の半分は非公開になっているですね。宮御殿も桜花亭もその非公開エリアの中にあります。

Higasihonganji2503103

参拝受付所の奥はギャラリーになっており、この日は蓮如上人御影道中の展示がされていました。これは北陸で布教に努められた蓮如上人を偲んであわら市の吉崎別院で行われる遠忌法要に合わせて、東本願寺から蓮如上人の御影を徒歩で運ぶという伝統行事です。京都からあわら市までの距離は約240㎞、御影をこの御車に乗せて引っ張って歩き、道中縁りの寺々で法要を行うのだそうですが、途中には険峻で知られた木ノ芽峠があり、そこでは御車は分解して運び、御影は担いで行くそうですから、想像しただけで大変なものです。毎年4月17日に東本願寺を出発し、7日かけてあわら市に着きます。そして吉崎別院で5月2日まで法要を行い、5月9日に東本願寺に帰ってくるのだとか。これを延々と300年以上続けて来ているのだそうですね。かつて京都で暮らしていたのに全く知りませんでした。少しは報道してあげれば良いのにね。

Higasihonganji2503105

宮御殿と桜花亭はギャラーリーを抜けた先にあります。最初に案内されるのが宮御殿。客人を接待していた部屋で、元は大宮御所にあった建物が移築されて来ました。東本願寺は禁門の変の大火で全焼しており、明治以後は廃仏毀釈の影響で経済的にも逼迫していたので、こうした建物は下賜に頼るしか無かったのでしょうね。写真は大鷹狩図。作者は不明ですが、この御殿の襖絵は宮中の行事がテーマとして描かれています。

Higasihonganji2503106

これは別室にある撰虫図。上の鷹狩図と裏表の関係になるのかな。嵯峨野の野の様子が描かれ、そこで秋の虫を捕らえて宮中に持ち帰り、虫の音を楽しむという風物詩です。これも作者不詳ですが、今は失われた嵯峨野の様子が判り、興味深い絵です。なお、作者が不詳なのは署名押印が無いからで、皇室に対して失礼にあたるという事で宮中の絵には落款が押されていないとのことです。

Higasihonganji2503107

ここが床の間の付いた主室です。凸型になった違い棚が面白いですね。床の間の絵は月僊という円山応挙の弟子が描いた「山水人物図」です。月僊は絵も描きましたが本職は浄土宗の僧で、知恩院に住んでいたと言います。月僊の絵は江戸中期には大変人気があり、絵を描くときは必ず画料を取っていたので「乞食月僊」と陰口を言われましたが、巨万の富を築きその利子で貧民に施しを与えるなどの慈善事業をしていたのだとか。後には私財を投じて伊勢の廃寺同然の寺を建て直したりしています。なぜ浄土宗の月僊の絵が浄土真宗の寺に伝わっているかは謎だそうです。

畳の縁が赤いのはこの御殿が元は女官が使っていた場所だったからだとか。赤い線があるとなんとなく部屋がはんなりとしますね。

Higasihonganji2503108

庭園は明治になって小川治兵衛によって築かれました。池は琵琶湖を模しているそうですね。元は消火用水と共に琵琶湖疏水から引いていましたが、今は管が老朽化したため地下水に切り替えているそうです。正面にもみじあり、紅葉時分には綺麗なことでしょう。この日は左の小さな梅が咲き始めたところでした。

受付ではこの庭だけ写真可と言われたのですが、入ってみると宮御殿はどこを撮っても良いとの事でした。皆さん写真を撮っているので思わず係の人に良いのですかと聞いてしまいましたが、情報はちゃんと共有しておいて貰いたいものです。

桜下亭は茶室です。そちらは撮影不可になっていたので写真はありません。宮御殿とは屋根付きの廊下で繋がっているので一棟の建物かと思っていたのですが、別棟なのだそうですね。元々は第二十二代現如の隠居所として明治42年に東京の霞ヶ関に建てられたのですが、昭和14年に現如の十七回忌記念事業として東本願寺に移されました。梅の間、竹の間、松の間からなる小さな建物ですが、円山応挙の襖絵、楕円形の穴に細い竹を並べ、金箔で飾った欄間、応挙考案の釘隠しなど見所は多いです。このうち襖絵は元々は岐阜別院にあったのですが、明治24年の濃尾地震で被災したため、襖絵は取り外されて東本願寺で保管してあったものです。桜花亭が移築されてきた時にはめ込まれて今に至っています。この襖絵にははっきりと応挙の署名がありました。皇室縁りでない所以ですね。また、欄間の金箔も片方は一旦ちぎってから貼られており、表面が波打って見えます。もう片方はそのまま張られており、こちらは如何にも金箔という感じですね。そうした細かなところも見所です。

残念だったのは説明があと少しというところで団体が二組もやって来た事で、あまりに混み合うため途中で抜け出してしまいました。あの狭い空間に団体を二組も入れるのは無謀じゃないかしらん。まあ、元々京の冬の旅は団体客を募集しており、こうした事は良くある事で、混む混まないは運次第です。東本願寺にこういう場所があると知れただけでも訪れて良かったと思ってます。

追記

今日、3月11日現在の梅開花情報です。

城南宮 枝垂れ梅がほぼ満開・見頃となっています。一部まだ満開に至っていない木もありますが、ほとんど気にならず、とても綺麗でした。

東寺 梅林の梅が満開・見頃となっています。梅林としては規模が小さいですが、五重塔とのコラボが見られるのはここならでは。雨にも関わらず拝観者は結構多かったです。

2025年3月10日 (月)

百名城探訪 ~高松城 2.26~

Takamatijo2503071

百名城の一つ、高松城に来ました。高松城の特徴は何と言っても海城であるということで、日本初にして最大の海城とされます。写真の月見櫓の前は現在は道路となっていますが、往時は海に面していました。

Takamatijo2503072

高松城を築いたのは豊臣秀吉配下の武将、生駒親正。親正は天正十五年(1587年)に讃岐国十二万六千二百石を拝領すると、当時の讃岐の主城であった引田城に入りました。しかし、引田城は讃岐の東の端にあり、統治するには不向きだと考え、坂出の聖通寺城に移りましたが、この城は山城であり、手狭であった事から新たな城の建設に着手します。そして、選んだのが当時「玉藻」と呼ばれていた現在の高松の地です。ここには中世から栄えた港町があり、海陸の要衝だった事が選定された理由の一つなのでしょう。

Takamatijo2503073

築城にあたって主題とされたのが海城でした。これはおそらく秀吉の天下構想に基づくもので、瀬戸内海を押さえる東の拠点が欲しかったためだと思われます。高松城の築城開始は天正十五年(1588年)ですが、同じ年に秀吉は海賊停止令を出しています。当時の瀬戸内海には村上水軍に代表される海賊衆と呼ばれる勢力が居ました。彼らは瀬戸内を通行する船から警護料を取り、その代わり本物の海賊から守るという事を生業にしていました。彼らはまた独立した武装集団でもあり、村上水軍が毛利氏と結んで織田家と戦った様に、ひとたび敵に回すとやっかいな存在でした。海賊停止令は彼らに豊臣政権下に入るか武装解除して百姓になるかを迫ったもので、海の刀狩りとも呼ばれます。海賊停止令を実行するには強力な水軍が必要であり、海賊衆を排除した後、彼らが行っていた航路の安全を確保する事も治世のためには重用でした。また、瀬戸内海航路を押さえる事は、西国の諸大名の動きを牽制する事にもなります。その水軍の拠点として築かれたのが高松城だったのですね。

縄張りを行ったのは黒田孝高、あるいは藤堂高虎、細川忠興などとも言われます。いずれも築城の名手で、いかにこの城が重視されていたかが窺えます。

Takamatijo2503075

現在の高松城は内堀と中堀の一部しか残っていませんが、築城当時は三重の堀を持った巨城でした。それぞれの堀に海水を引き込んでいたのは海城ならではですね。現存する堀も水門から海水を取り込んでおり、養殖の鯛が泳いでいて、餌やりをする事も出来ます。三重の堀の内、外堀は直接海と繋がっており、港の機能を持っていました。西側が軍港、東側が商人のための港だっと言います。西の堀にはいくつかの舟入があり、軍船の係留や修理の場として使用されていたと推測されています。

高松城は天正十八年(1590年)に一応の完成を見、以後四代54年間生駒氏の居城となります。寛永十七年(1640年)に生駒氏が改易となった後、寛永十九年(1642年)に松平頼重が十二万石の城主として入ります。頼重は城の整備に着手し、二代頼常の代、寛文九年(1669年)に天守が改築されています。この天守は三層五階で、最上階が下層よりも張り出した南蛮造り(唐造り)と呼ばれる特殊な形をしていました。南蛮造りは小倉城を築いた細川忠興が考案したとされ、理由は諸説ありますが、一説には三重以上の天守を禁止した徳川幕府の禁令をクリアするため、外観の層を減らす工夫だったとされます。高松城天守はこの小倉城天守を参考にしたとされ、小野神筆帖という資料に、頼重に天守建築のための調査を命じられた大工頭喜田彦平衛が、初めは姫路城天守、次いで小倉城天守を写して帰ったのですが、姫路城はあまりに大掛かりであるため小倉城を以てしたと記されています。

この南蛮造りの天守は数が少なく、高松城、小倉城、岩国城がそうだったと知られます。佐賀城も南蛮造りだったと言われますが、確証は無い様です。

この高松城の天守は天守台も含めると39.6mあったとされ、広島城天守の39mをしのぐ高さでした。中国、四国地方では最も高い天守だったとか。十二万石の大名にしては巨大すぎる天守ですが、松平家には西国大名に対する目付の役目が与えられていたとされ、海上を通る船からも視認できる権威の象徴として、ことさら大きくしたのではないかと考えられます。

明治十七年(1884年)に老朽化のために破却されてしまいましたが、保存修理するという発想が無かったのが残念ですね。当時の管理者は陸軍省でしたから、朽ちかけた天守を巨費を掛けて解体修理する必要性は感じなかったのでしょう。ただ、市民たちには惜しまれていたらしく、戦後高松市が旧藩主家から買い取った際に天守の復元を明示しており、おそらくは市民の声が反映されたのではないかと思われます。この天守を再建しようとする計画はその時から始まっており、昭和58年頃から具体化し始め、天守台については平成17年から24年にかけて解体修理が行われています。天守本体については文化庁の許可を得るための資料、特に内部が判る写真が不足しているらしく、暗礁に乗り上げている状態の様です。一時は賞金3000万円を賭けて古写真を募集されていた様ですが、現在はどうなっているのでしょうね。

Takamatijo2503076

これが天守台から見た景色です。堀の向こうに瀬戸内海が見え、良い眺めですね。この内堀を船で回る乗船体験もありますが、残念ながら12月から2月までは休業だったので、乗ることは出来ませんでした。

Takamatijo2503077

現在の本丸は堀が埋め立てられたため地続きとなっていますが、本来は広い堀に囲まれた小島で、この鞘橋でのみ繋がっていました。鞘橋とは屋根が付いているため刀の鞘の様に見える事からこの名があります。屋根が付いたのは江戸時代中期の事で、それ以前は露天で「らんかん橋」と呼ばれていたそうです。城の守りを考えれば屋根は敵を射撃から守る事になり、無い方が良いに決まっていますが、太平の世では殿様が濡れない事の方が大事だったのでしょうね。

Takamatijo25030710

高松城のすぐ横はことでんの線路と駅があり、JRの高松駅もすぐ近くです。アクセスの良さからすると、数ある城跡の中でも一、二を争うんじゃないかしらん。でも、城跡を訪れる度に、明治の日本に歴史遺産を残そうとする意識が薄かった事が残念に思われます。何もここまで破壊することは無かったなんじゃないかという思いは、常につきまといますね。ただ、高松城の場合は明治二十三年(1890年)に旧藩主家に一部が払い下げられており、皇室が来られた際に城の一部を道路として提供したり、全国産業博覧会が開催されたときは敷地を提供したりと、旧藩主家によって城跡の積極的な活用がされています。当時の旧藩主家としては、古い城を守ることより、高松市の発展に寄与したいという思いが強かったのでしょう。

Takamatijo25030711

三の丸にはかつて藩主御殿がありましたが、廃城後撤去されています。その跡地に第12代当主の松平賴壽が迎賓館として建てた披雲閣があります。披雲閣とはかつてあった御殿の名で、大正六年(1917年)に造られ、周囲と邸宅内には庭が整備されています。重要文化財に指定されており、現在は耐震工事中で一部見る事が出来ません。

時間の関係で入る事が出来ませんでしたが、玉藻公園のホームページでバーチャルで見学する事が出来ます。

Takamatijo25030712

三の丸と桜の馬場の間にあるのが桜御門。随分と綺麗な門だなと思ったのですが、令和4年に復元されたばかりだったのですね。オリジナルは明治維新後も残っていたのですが、昭和20年7月の高松空襲の際に焼失してしまいました。寛永四年(1627年)に記された「寛永四年高松城図」 に見えるそうですから、生駒氏の時代からあった事になりますね。再建にあたっては発掘調査を行い、古写真や実際に門を潜った人の記憶を参考にしたとの事ですが、その調査の過程で江戸時代に何度か改築されている事が判ったそうです。石垣も傷んでいたので積み直したとの事。この門、釘や金具を使わずに柱や梁を組み合わせて造ったのだそうですね。内部を見たいものですが、土・日・祝に来れば公開されているそうです。

Takamatijo25030713

高松城でオリジナルが残っているのが冒頭に掲げた月見櫓・水手御門・渡櫓とこの艮櫓です。月見櫓は着見櫓、藩主が江戸から船で帰って来るのを見ていた事から名付けられたのだとか。古記録から延宝四年(1676年)に建てられた事が判るそうです。月見櫓の右下にあるのが水手御門と言い、藩主が参勤交代のために城を出入りする時に使っていた門で、ここから小舟に乗って沖合へ行き、御座船に乗り換えて江戸に向かったのだそうです。帰って来る時はその逆ですね。解体修理の時に古い礎石が見つかっており、幕末頃に建て替えられたと推定されています。ここが海に面していないのは何とも惜しいですね。

艮櫓はその名が示すとおり本来は東北に置かれていた櫓で、海に面していました。昭和42年に県民ホールの工事のために太鼓櫓跡の現在地に移築されたのですが、方角違いの所に移したため石落としの位置が地面のすぐ上に来るなどおかしな事になっています。現地で見た時に何となく違和感を感じたのですが、帰ってから調べてなるほどと納得しました。

高松市は天守の復元のほか、高松城の保存整備を今後も進めて行くそうです。実現可能かどうかは判りませんが、本丸横のことでんの移設も視野に入れているそうですね。相当長い目で見なければならないでしょうけど、いつか面目を一新する日が来るかも知れません。詳しくはホームペーシのトップページにある保存計画という青いボタンをクリックすると、詳細な資料を見ることが出来ますよ。城の成り立ちから現状、将来計画まで細かく記されているので一読される事をお勧めします。

p>

2025年3月 9日 (日)

早春の旅2025 ~高松市 栗林公園 2.26~

Ritutinkouen2503071

丸亀市から高松市に来ました。京都や大阪に住んでいると遠い様な気がしますが、JRに乗ると普通電車で34分と意外と近いのです。まず訪れたのは栗林公園、高松市というより四国を代表する名園です。

Ritutinkouen2503072

栗林公園の始まりは元亀・天正の頃に遡り、当地の豪族佐藤氏によって西南地区に小さな庭が作られたのが最初だとされます。その後、寛永年間(1630年代)に讃岐の国主であった生駒高俊によって南湖一帯が築庭され、現在の庭の原型が出来上がりました。そもそもは西嶋八兵衛という家臣が行った治水工事がきっかけで、頻繁に氾濫を起こしていた香東川の西の流れをせき止めたのですが、その結果出来た水たまりや伏流水を利用して庭造りを始めたのでした。そういう成り立ちを知ると、この庭に大きな池がいくつもある事に納得が行きますね。

Ritutinkouen2503073

栗林公園の築庭は、生駒氏がお家騒動で改易になり、後を襲った高松松平家の初代頼重の頃から本格化します。頼重は隠居所としてこの地を選び、作庭を進めました。当時は栗林荘と呼ばれ、御殿もあったそうですね。二代の頼常の時代にはさらに拡張され、飢饉がこの地を襲った時には、飢民を作事作業員として雇い入れる事で飢餓から救ったとされます。三代頼豊は高松城ではなく栗林荘を居所とし、庭内の施設を充実させました。五代頼恭もまた作庭に力を入れ、延享2年(1745年)に潘の儒学者に命じて中国古典にちなんだ名所六十景を撰名し、庭を完成させました。以後、幕末に至るまで高松松平家の下屋敷として使用される事になります。

Ritutinkouen2503076

明治維新後栗林荘は官収され、やがて香川県に払い下げられました。そして明治8年(1875年)に栗林公園として一般に開放される様になります。栗林公園は南庭はほぼそのまま保存されましたが、北側にあった屋敷や鴨場は撤去され、明治32年(1899年)には香川県博物館(現商工奨励館)が建設されます。明治36年には皇太子(後の大正天皇)が行啓し、その時植えられたのが写真左の大きな松ですね。北庭はその後遊技場や観覧施設が設置され、周辺は洋風庭園に改修されました。昭和5年(1930年)には現在の駐車場の位置に動物園が開園し、3年後にはプールも併設されます。戦後の昭和24年(1949年)には高松美術館が建設されました。昭和の終わり頃まで、栗林公園はこれらの施設が混在する、今と随分違った姿だったのですね。昭和63年(1988年)に美術館が閉館撤去されたのを皮切りに、平成にかけて遊戯施設、観覧施設、動物園、プールが順次廃止されて行き、跡地に駐車場やかがわ物産館が整備され、さらに鴨場が復元されるなどして現在に至っています。

Ritutinkouen2503077

以上の様な経過を辿って来たため、栗林公園の見所はほぼ南庭に集中しており、北庭はしょうぶ園や梅林、秋の紅葉など見るべきところは限られています。これほど見事な庭園が日本三大名園に入らなかったのは、様々な施設が混在した総合公園の様な状態だったからでしょうか。今の状況なら、偕楽園は行った事が無いので比較出来ませんが、兼六園や後楽園と比べても全く引けを取らない名園だと思います。

Ritutinkouen2503078 

栗林公園においては、背後の紫雲山の存在もまた重要ですね。この借景によって庭園に奥行きと重厚さが加わり、この庭園が街中にあるとは思えない景観を見せてくれています。

Ritutinkouen25030710

栗林公園には様々な植物が植えられていますが、基本となるのは松の木です。1400本もの松があり、そのうち1000本が庭師達によって手入れされています。なにしろ数が多いので、ほぼ一年中どこかしらに手を入れているそうですね。

ところで名前に栗と付きますが、栗の林はどこにもなく、10数本が点在しているだけだそうです。昭和46年(1971年)に32本の木を植えたそうですが、その木が枯れずに残ったものらしいですね。ではなせ栗林荘という名が付いたかと言うとこれが諸説あり、例えば生駒家の時代に戦時に食料とするため栗を沢山植えたからだとか、中国では沢山木が生えている里山を栗林と呼ぶからだとか、今栗の木が少ないのは松平家の時代になってほとんど伐ってしまったからだとか、何が本当かは判らない様です。

Ritutinkouen25030711

庭園の西側は紫雲山の裾野で、岩がむき出しになっており、赤壁と呼ばれます。三国志に出てくる赤壁になぞらえたのでしょうか。そこに桶樋滝という小さな滝があります。一時枯れていたそうですが、今はポンプで水を送り流しているそうです。南庭では少し異質なエリアですが、岩肌と滝を楽しむという趣向もなかなか面白いですよ。

Ritutinkouen25030712

栗林公園には北と南の二つの梅林があり、全部で150本あるそうですね。また梅林以外にも要所に8本の梅が植えられています。この梅は南梅林に接する皐月亭横にある冬至梅です。早咲きの梅らしくこの一週間前に見頃になっていたそうですが、この日もまだ満開を保っていました。

 Ritutinkouen25030713

南梅林の梅は結構咲いていました。京都ではまだほとんど咲いていなかったのですが、こちらの方が気候が温暖なのでしょうか。ちょっとうらやましかったですね。

栗林公園は見所が沢山あるのですが、小高いビューポイントが二つあります。その一つが富士山になぞらえて築かれた飛来峰で、冒頭の写真がそこから見た景観です。もう一つが芙蓉峰で五枚目の写真がそうです。あと二枚目の写真が杜鵑嶼と呼ばれる島で、沢山のツツジが植えられています。その中央にあるハート型の株が恋ツツジと呼ばれ、花の時分には人気を博すそうです。元は三つの株だったのですが、剪定を繰り返すうちにいつの間にかハート型になったのだとか。偃月橋の上に登るとよく見えますよ。

Ritutinkouen2503075

栗林公園で是非お勧めしたいのが和船による南湖周遊です。入園料410円の他に620円が必要で、ネットまたは電話での予約をしなければなりませんが、船頭さんの説明を聞きながら美しい庭園をじっくり見る事が出来ますよ。所用時間は30分、乗船の30分前までにチケットを買い、乗船の10分前に乗り場に行かなくてはならないなど行動に制約が付きますが、それだけの値打ちがあります。次にその動画をアップします。ただし、風が強かったため、風切音が酷くてせっかくの船頭さんの説明が聞き取りにくくなっています。音声は酷いですが、映像は綺麗なので施肥見て下さい。

栗林公園は二度目なのですが、前回はあまり覚えていません。まあ、40数年前の事ですから記憶があいまいなのですが、当時は動物園など様々な施設があったので、今と印象が違ったのでしょう。正直言って今一つだなあという印象だったのですが、今回訪れて認識を改めました。とても素晴らしい庭園で、訪れて良かったです。出来れば違う季節、例えば紅葉の時にも来たいですね。良いものを見せて頂いてありがとうございました。

2025年3月 8日 (土)

百名城探訪2025 ~丸亀城 2.26~

Marugamejo2503061

令和7年2月26日、四国を訪れました。目的地は丸亀市と高松市。日帰りでは少しきつい旅程ですが、学生時代に訪れた事があるので、今回もなんとかなるだろうと出かけてきました。結果は無事帰ってきましたが、疲れ方は半端なかったです。やはり若い頃の様にはいかないですね。

まず訪れたのは丸亀城。百名城の一つにして、現存十二天守の一つがある城です。

丸亀城の前身は室町時代前期に亀山を支配した奈良氏が築いた砦とされます。本格的に築城されたのは天正15年(1587年)に豊臣秀吉の家臣、生駒親正が讃岐国に封じられてからで、親正は高松城を築く一方、慶長2年(1597年)に支城として丸亀城の建設に着手しました。この城は6年後に完成しますが、親正とその子一正は高松城に拠り、丸亀城には城代が置かれました。この間関ヶ原の戦いがありますが、親正は初めは西軍として田辺城の戦いに家臣を派遣しますが、後に高野山に出家し、一正は最初から東軍に与していた事から所領は安堵されます。

しかし、元和元年(1615年)に徳川幕府が出した一国一城令により、丸亀城は廃城となってしまいます。

Marugamejo2503062

寛永17年(1640年)に、生駒家はお家騒動のため改易となってしまいます。そして翌年、山崎家治が讃岐国のうち五万石を与えられ、丸亀潘が成立しました。家治は翌年に生駒氏の城跡を再建する事を決め、幕府から参勤交代を猶予された上で銀300貫を与えられ、現在の丸亀城を築きました。この幕府の優遇の裏には、瀬戸内海の島々に隠れていたキリシタンの蜂起に備えるために、城の構築を急がせたという事情があるとする説があります。この数年前に島原の乱があり、また小豆島を始めとして当時の讃岐国に隠れキリシタンが居た事を考え合わせると、そうかも知れないという気もしますね。出来た城は生駒氏時代とは全く異なる縄張りで、古い城は発掘調査の結果地下に眠っている事が判っています。

丸亀城は石垣の城として知られ、亀山を地山とし、三段の石垣が積まれています。築いたのは石垣造りの名人と言われた羽坂重三郎という人物で、見事な石垣を見た家治は感嘆したと伝わります。伝説では、これほどの石垣を登れる者は居まいと言った家治に対し、重三郎は私なら登れますと鉄の棒を使って簡単に登ってしまいました。家治はこの事が他家に漏れる事を恐れ、重三郎に井戸の調査を命じ、埋め殺してしまったと言われます。

石垣にはもう一つ伝説があり、石垣が完成した後何度も崩れたため、これは人柱が必要だと言い出す者があり、たまたま城の近くを通りかかった豆腐売りを捕らえ、生き埋めにしてしまいました。この豆腐売りは雨で豆腐が売れなかったため、普段は通らない城の近くを通ったため、災難に遭ったのでした。以来、雨の日の夜にはその石垣のあたりで、「とーふ、とーふ」という声が聞こえたという事です。

Marugamejo2503063

万治元年(1658年)に山崎家は嗣子断絶により改易となってしまいます。代わって入ってきたのは龍野潘の京極高和で、六万石と少し石高が上がっていますね。高和は翌年から城の改修に着手し、搦手を大手門に変更、万治3年(1660年)に天守を築きました。ただし、表向きは幕府による規制もあって、御三階櫓として届け出られています。現存十二天守の中では最小の天守で、三層三階の層塔型、総塗籠ながら一階は下見板張りも併用しています。千鳥破風、唐破風で装飾し、北面には石落としも備えています。

Marugamejo2503065

中はごくシンプルで、他の天守で見られる様な展示物はありません。ただ、柱を削った手斧の跡、外からは見えない隠し狭間、特に大筒狭間という大きな狭間などが見所となります。また、複雑な木組みがむき出しなので、あらかじめ調べておかれるとより楽しめますよ。

天守からの眺めは抜群で、特に讃岐富士が見事です。

Marugamejo2503066

京極氏による改修は32年にも及び、現在見る城の形が出来上がりました。写真は享和8年(1802年)に書かれた地図で、実際に見ても良く判らなかったのですが、城の建物など全てに寸法が入っているそうです。この地図を見ると現在の内堀の他に外堀があり、外堀内は武家屋敷、東北部と北西部は寺町となっている事か判ります。町民が暮らす町は城の北側にあり、東西及び南側は田畑が広がっていました。

なお、天守まで上るには見返り坂という急坂を通らなければならないのですが、アスファルトの道であり、後世になって付けた道かと思っていたのですが、この地図を見ると江戸時代から既にあったのですね。地図で見る限り階段だった様子も無く、これだけ障害も無く城の途中まで道が付いているのも珍しいんじゃないかしらん。ただ、本当に急坂で、鎧を着て攻め上るのは大変だった事でしょう。もっとも、地元のお年寄り達は朝の散策に訪れており、慣れればどうという事も無いのかも知れません。私は息が切れましたけどね。

Marugamejo2503067

丸亀城は三段に積まれた石垣の城なのは前に書いたとおりですが、長年の間に木が茂っており、全体像は見る事が出来ません。以前持っていた本には石垣が聳える姿が載っていたと思うのですけどね。

ちなみに丸亀城は城の中に入るのは自由で、天守に入る時だけ料金が掛かります。拝観料は400円、入城料としては標準的かな。

Marugamejo2503068

城の全容が撮れる場所は無いですかと資料館で聞いて撮ったのがこの写真。下半分は隠れていますが、まあ石垣の城らしく見えなくは無いですね。右側に石垣が無いのは崩れてしまったからです。長年の間に石垣に亀裂が入り、平成17年頃には修理の必要があると報告されていたのですが、予算の関係で容易に進まず、次第に亀裂が広がり、ようやく修理の見込みが立った矢先の平成30年7月に豪雨が襲い、とうとう崩れてしまったのだとか。その後さらに二度の崩落があり、さらに調査の結果もっと広範囲にわたって修理する必要がある事が判ったため、当初修復まで5年の工期だったのが3年延びて、令和10年3月末に完成予定なのだそうです。でも、この状況を見ていると3年で出来るのかなあというのが正直な感想です。総工費は35億円と見積もられていましたが、インフレの世の中、たぶんもっと膨れ上がっているのでしょうね。7割か国からの補助だそうですが、市の負担としては当初の見積もりで10億円程度、結構な負担となっている事でしょう。

Marugamejo25030610

内堀越しに見た讃岐富士です。本丸からもよく見えますが、堀を入れた方が城らしくて良いかなとこちらを選びました。面白いのは大手門付近は石垣が積まれていますが、このあたりは土塁なんですね。あれだけの石垣を積みながらなぜここは土塁なんだろうと不思議に思いましたが、答えは見つかりませんでした。

Marugamejo25030611

丸亀藩が舞台となった小説で、必ずと言って取り上げられるのが鳥居耀蔵です。水野忠邦の行った天保の改革の立役者で、南町奉行として蛮社の獄を実行した人物として知られます。北町奉行の遠山金四郎と対で悪役とされる事が多く、勘定奉行にまで出世し、忠邦を裏切り失脚させたものの、忠邦が復権すると報復として奉行職を剥奪され、丸亀藩へと流されました。丸亀藩では「妖怪」と恐れ、城の西北にあった御用屋敷に軟禁し、監視役と医師が付けられました。耀蔵の受けた罰は20年以上の流刑であり、丸亀藩としては幕府からの預かりものである事から死なせる訳には行かず、医師が付けられたのはそのためです。監視の目は厳しく1年中誰とも口を利かなかった事もあったそうですが、元々秀でた人物でかつ医学の心得もあった事から、幕府崩壊が近くなると監視の目も緩くなり、監視役の役人に教えを説いたり、時には薬草を使った治療も行ったりしたそうです。ただ、藩士たちが教えを乞いに来るという事は無かった様ですね。

耀蔵の流刑は23年にも及び、丸亀藩の受けた経済的負担も軽くは無かった様です。明治元年10月に新政府の恩赦により流罪は解かれたのですが、自分は上様より罰を受けた、上様の許しが無ければここを動く訳には行かぬと言って、丸亀藩を困らせたそうですね。

写真は耀蔵が居た御用屋敷の跡です。資料館で少し前の写真を見せて貰ったのですが、ごく普通の家でしたね。今は土塀を巡らせた新しい家になっており、かつての御用屋敷を彷彿とさせますが、それを意識したものかどうかは判りません。

鳥居耀蔵と言えば極悪人というイメージがついて回りますが、実像としてはとても優れた人で、役目に忠実であったがために時に過酷となり、特に人気の高い遠山金四郎と対立した事などから、悪役とされたという感じですね。上司である忠邦を裏切った事もマイナスイメージとなった事でしょう。晩年は東京に帰り、江戸と様変わりした様子を見て憤慨し、50年後には野蛮人の国になっているであろうと言ったそうです。ある意味、予言は当たったと言えなくもないですね。晩年は穏やかに過ごし、明治6年に子や孫達に見守れながら亡くなりました。享年78歳だったそうです。

2025年3月 7日 (金)

京都・洛中 京都梅事情2025 ~京都御苑 3.1~

Kyotgyoen2503061

北野天満宮から京都御苑に来ました。ここでは早咲きの梅が見頃を迎えていました。と言っても二本だけでしたけどね。そのうちの一本が皇宮警察本部の門前にあるこの紅梅です。毎年いち早く咲く梅ですが、今年も全体に遅れる中で真っ先に綺麗な花を見せてくれました。

Kyotgyoen2503062

多くの梅は咲いておらず、早咲き系でちらほら咲きから2~3分程度。概ね北野天満宮と同程度でしたが、冒頭の梅があったぶん見応えはありました。

Kyotgyoen2503063

もう一本満開に近かったのが出水の小川沿いにあるこの白梅。正確には7分咲き程度だったかな。この近くにやはり早咲き系の紅梅があるのですが、そちらはまだ咲き始めたところでした。

Kyotgyoen2503065

小さな梅の中には満開になった木もありました。色彩が乏しい景色の中ではとても目立つ存在でした。

Kyotgyoen2503066

京都御苑の梅林には遅咲き系が多く、例年見頃は3月後半で、出水の枝垂れ桜の咲き始めと被ります。今年はどうなるでしょう、4月にずれ込むのか、それともここから一気に加速するのか。ここもまた様子を見ていきたいと思っています。

2025年3月 6日 (木)

京都・洛中 京都梅事情2025 ~北野天満宮 3.1~

Kitanotenmangu2503081

水火天満宮から北野天満宮に来ました。ここではやっと早咲きの梅が咲き出したところでした。三光門の脇にあるこの白梅も早咲きなのですが、この日で二分咲きになった程度、それでも写真に収める人が絶えなかったですね。

Kitanotenmangu2503082

境内で一番早く咲く絵馬堂前の紅梅は、ほぼ満開になっていました。唯一見応えがあった梅です。例年なら2月半ばにはこうなっていたはずでした。

Kitanotenmangu2503083

宝物館前の白梅も三分咲き程度。一番咲いている部分でこれくらいです。また、有料区域でも一本だけ咲いていましたが、やはり同じくらいでした。見頃まではまだまだ早かったのですが、境内は沢山の人で溢れていました。特に老人会の団体が何組も来ていたのが印象的でしたね。あらかじめ予定を組んでいたので、咲き方に関わらず予定変更が利かなかったのかしらん。ちょっと気の毒な感じでしたね。

この日の陽気で梅にスイッチが入った感じですが、その後の寒の戻りでどうなったでしょうね。ここもやはり週明けに来てみるつもり。一度に進んでいると嬉しいのたげとなあ。

Kitanotenmangu2503085

2月20日の記事で触れた竈社の小さな鳥居です。現在の成人男性の平均身長が171㎝程度ですが、立って進むと確実に頭をぶつけます。この鳥居が奉納されたのは戦国時代末期と思われますが、当時の成人男性の平均身長が157㎝程度と言われますから、これくらいの大きさで良かったのでしょうね。

Kitanotenmangu2503086

前の記事でこの鳥居に明智氏と刻まれていると書きましたが、確かめてきました。この写真では判りにくいですが、寄進明智という文字が見えるでしょうか。この文字が光秀の立身出世を願って寄進されたと言われる根拠となっています。一見何でも無い鳥居ですが、歴史を秘めた貴重な存在だったのでした。

Kitanotenmangu2503087

その竈社の通路を塞ぐ老梅も咲き始めていました。まだ枝先でちらほらと咲いていた程度でしたが、青空を背景にするとそれなりに綺麗でしたね。次に来た時には満開の花を見せてほしいものです。

2025年3月 5日 (水)

京都・洛中 京都梅事情2025 ~水火天満宮 3.1~

Suikatenmangu2503061

京都府立植物園から水火天満宮に来ました。前回2月14日に訪れた時はまだつぼみが開きかけたところでしたが、この日はほぼ満開近くになっていました。

Suikatenmangu2503062

まあ、やっとここまで来たかという感じでした。例年ならとうに盛りは過ぎ、半ば散り始めている時分ですからね。

Suikatenmangu2503063

水火天満宮には他にも紅梅やピンクの梅があるのですが、そちらはまだ1輪も咲いていませんでした。ですので見頃はまだ先、いつになるかは見当が付きません。

Suikatenmangu2503065

次は今週末に行っても多分大した変化は無いと思われるので、週明けに行こうかなと思っています。それでも他の梅が咲いているかは微妙なところですけどね。さて、本当に見頃は何時になるのでしょうかね。

2025年3月 4日 (火)

京都・洛北 菜の花2025 ~京都府立植物園 3.1~

Kyotofuritusyokubutuen2503061

梅と椿を見たのでそろそろ引き上げようと正門に向かう途中、菜の花が咲いているのが目に入りました。場所はバラ園と沈床花壇の間のスペース、季節によって様々な花が植えられる所です。夏はヒマワリ、秋はコスモスが多いですね。これだけ頻繁に植え替える事が出来るのは、バックヤードで常に次の季節の植物を育てているからなのでしょう。

Kyotofuritusyokubutuen2503062

菜の花は早春の草花展でも咲いていますが、そちらは背丈が高いのに対し、ここは膝丈くらいしかありません。品種の違いなのか気温の違いなのか、どちらでしょうね。

Kyotofuritusyokubutuen2503063

菜の花は菜種油を採るためかつては各地で栽培されていましたが、今は99%が輸入に頼っており、菜の花畑はほぼ姿を消しました。それでも国産の菜種油もわずかながら残っており、生産量では北海道が圧倒的に多く、次いで青森だそうです。北の大地の雄大な菜の花畑を一度見てみたいものですね。

菜の花は食用にもなりますが、花を食べる菜の花は千葉県が主産地で次いで香川県、葉茎を食べる菜の花は「なばな」と呼ばれて三重県が一番多く、二番目はなんと東京だとか。いったいどこで作っているのでしょうね。

今各地に点在する菜の花畑の多くは生産用ではなく、観光向けに栽培されているものです。京都の周辺では琵琶湖の畔にある守山市の菜の花畑が有名ですね。

Kyotofuritusyokubutuen2503065

さらに広く言えば菜の花はアブラナ科の花の総称です。ですから種類はとても多く、油を採る西洋アブラナからカブやダイコン、キャベツの花まで含まれます。たしか以前にわざと咲かせた野菜の花の展示があり、それぞれ似ていて違うと思った覚えがあるのですが、植物園でだったかどうだったかな。京野菜としては伏見寒咲花菜が知られ、菜の花漬けに使われますね。長岡京市で多く栽培されているそうですが、花が開く前に収穫されるので黄色い菜の花畑にはならない様です。植物園で咲いていたこの花は何だろう、園芸品種になるのでしょうか。何にしても春を感じさせてくれる素敵な花です。

2025年3月 3日 (月)

京都・洛北 椿2025 ~京都府立植物園 3.1~

Kyotofuritusyokubutuen2503051

京都府立植物園の梅林を北に抜けるとつばき園に出ます。1月24日に来て以来ですが、主役がすっかり入れ替わっていました。まずは淡妙蓮寺椿。妙蓮寺椿の近縁種と思われ、花の形はよく似ていますね。色は淡いと言えば淡いのかな。二つ並べて比べればはっり判るのでしょう。

Kyotofuritusyokubutuen2503052

一見して菊冬至かなと思ったのですが、ラベルには鹿児島とありました。調べてみると江戸時代中期の「本草花蒔絵」という本に掲載されているそうで、古くから栽培されて来た園芸品種なのだそうです。上品な美しさを持った花で、長く愛されてきたのも判る気がします。

Kyotofuritusyokubutuen2503053

紅侘助もようやく咲いていました。この花はもっと早くから咲くと思うのですが、今年は例年より遅れたのかな。茶花として人気があり、茶室の近くで良く見かける椿ですね。

Kyotofuritusyokubutuen2503055

こちらは白侘助。侘助と言う割には花が開いていますね。白い方はこんなものだったかしらん。やはり茶花として人気があり、茶庭でよく見かける花です。

Kyotofuritusyokubutuen2503056

こちらは有楽。織田信長の弟である織田有楽斎が愛したという銘花です。これも侘助の系統なのだそうですね。言われてみれば大きく開いた所は見た事が無い様な。以前高台寺塔頭の月真院に大きな銘木があったのですが、残念ながら枯れてしまいました。最後の数年はだんだんと弱っていくのが判り、ちょっと可哀想でしたね。

Kyotofuritusyokubutuen2503057

この花は菊月。菊と付く様に本来晩秋から咲く花なのですが、今年は随分と遅れて咲きました。異常気象は梅だけでなく椿にも影響を与えているのですね。このまま気候変動が続けば日本の四季はどうなるのでしょう。まあ、長い目で見れば平安時代から江戸時代、現代と常に変わって来ているので、また新しい情緒を楽しむ様になるのでしょうけどね、あまりに急すぎるのは困ります。夏と冬だけという様な極端な気候にはなって欲しくないですね。

2025年3月 2日 (日)

京都・洛北 京都梅事情2025 ~京都府立植物園 3.1~

Kyotofuritusyokubutuen2503021

令和7年3月1日の京都府立植物園です。遅れに遅れていた今年の梅ですが、ようやく咲き始めていました。

Kyotofuritusyokubutuen2503022

咲いていたと言ってもほんの数本で、満開近いと言えるのはそのうち一本だけでした。他はまだ二分~三分咲きと言ったところです。

Kyotofuritusyokubutuen2503023

今年は京都だけでなく全国的に遅れているらしく、例年より二十日程遅いという声を聞きますね。いつもの年なら来週には早咲きの桜が咲き始めると言うのに、今年はどうなるのでしょう。桜も遅れるらしいという事ですが、この感じだと梅の見頃と早咲きの桜が被りそうな気がします。

Kyotofuritusyokubutuen2503025

予報では今週はまた冬に逆戻りで、来週から本格的に春に向かうとの事ですが、これが梅と桜にどういう影響をもたらすのでしょうね。全く先が読めず、出たとこ勝負で行くしかありませんが、とにかく綺麗に咲き揃って欲しいと願うばかりです。

2025年3月 1日 (土)

京都・洛西 雪景色2025 ~天龍寺 2.19~

Tenryuji2502281

帰りは大覚寺方面まで行くつもりだったのですが、歩いて居る間にもどんどん雪が溶けてしまい、行っても無駄かと思って嵐電嵐山駅に向かう事にしました。まだ9時前だったのでどこも開いておらず、祇王寺も常寂光寺も素通りしたのですが、龍安寺は8時30分から開いている事を思い出し、空振りを承知の上で立ち寄ってみることにしました。朝から混み合う長辻通を歩かなくても済みますからね。

Tenryuji2502282

途中、野宮神社や竹林の小道は外人さんたちが沢山居ました。昼間の様に混み合うという程でも無かったですが、早朝から行動するというパターンすっかり定着した様です。

Tenryuji2502283

天龍寺は夢窓国師に勧められて足利尊氏が建てた寺。目的は政敵だった後醍醐天皇の菩提を弔うためでしたが、それ以上に悪霊化を恐れていたとも言われます。保元の乱で流罪となり、最凶の怨霊となった崇徳上皇など、先例は枚挙に暇が無いですからね。御霊信仰は明治になっても続いていましたから、中世に生きた尊氏は本当に怖かったのでしょう。

Tenryuji2502285

天龍寺の雪もかなり消えていましたが、曹減池庭園周辺と大方丈の屋根には残っていました。まあなんとか雪景色に見える写真が撮れたのは幸いでしたね。

Tenryuji2502286

次に天龍寺に来るのは桜が咲いた頃の予定。ただし、外国の方の多さは半端ではなく、相当な覚悟が必要です。竹林の道の渋滞も必至ですし、ちょっと憂鬱ですね。いっそ今回と同じく亀山公園を抜けるコースを辿って、天龍寺はパスしようかな。かと言ってここの桜の魅力は捨てがたいし、悩ましいところです。

« 2025年2月 | トップページ | 2025年4月 »

2026年1月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
無料ブログはココログ