京都・洛中 秋の境内2024 ~天寧寺 10.21~
令和6年10月21日の天寧寺です。比叡山が一幅の絵のように見える額縁門がある寺として知られますが、この日も秋空の中にくっきりとした山の姿が見えていました。
天寧寺は元は会津にあった寺。当地を支配していた芦名氏の菩提寺で、最盛期の十六世紀初頭には12の僧堂を備え、末寺を33寺、雲水を1000人抱えるという大寺でした。しかし、芦名氏と伊達氏の争いで芦名氏が敗北し、天寧寺も焼亡してしまいます。時の住職も会津を追われて京都に避難し、天台宗松陰坊の跡地に草庵を建てたのが現在の寺の始まりとされます。
その後会津の門人の援助を受け寺容が整えられますが、1788年の天明の大火で諸堂は焼失してしまいます。現在の建物はその後再建されたもので、本堂は文化七年(1810年)、書院は弘化二年(1845年)、表門は安政四年(1857年)に建てられました。実に70年近くの歳月を要したのですね。現在はそれぞれ京都市の有形文化財に指定されています。
なお、会津の天寧寺は地元の人々の手に依って再建され、現在も会津に存在しています。また、角館に移った芦名氏によって菩提寺として天寧寺が創建されており、日本にはルーツを同じくした天寧寺が三つ存在しています。
境内にあるこの鶏の像は諫鼓鶏の灯籠。古代中国、堯の時代に悪政があった時には民がそれを知らせる様に太鼓を置いたのですが、堯はずっと善政を敷いたため太鼓を叩く者はおらず、いつしか鶏が太鼓の中に巣を作ったという故事を表したものです。平和の象徴、祗園祭の鶏鉾と同じ起原ですね。
境内にはススキが生え、秋の風情で溢れていました。残念だった事はまだホトトギスが咲いていなかった事で、今年は彼岸花と同じく秋の花は咲くのが遅くなっていますね。秋明菊もやっと咲き始めたばかりのところでした。10月も半ばを過ぎたと言うのに夏日が続くという異常な気候ですから、植物もさぞ戸惑っているのでしょう。こんな状態は今年限りだと良いのですけどね。
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