京都・洛東 夏の早朝散歩2024 ~南禅寺 蓮、境内、水路閣 8.1~
令和6年8月1日、南禅寺から銀閣寺まで早朝散策をして来ました。この日の京都の最高気温は38度、とてもじゃないですが日中に出歩く気になりません。南禅寺に着いたのは午前7時前、涼しいとは言えないまでも空気は爽やかでした。これなら銀閣寺まで歩いても熱中症にならずに済みそうです。
京都地市下鉄蹴上駅から南禅寺に向かう場合、このトンネルが入り口となります。琵琶湖疎水の一部、インクラインの下を潜るトンネルで「ねじりまんぽ」という名が付いています。ここはいつも誰か通っているので、誰も居ない写真はなかなか撮れないのですよね。
まんぽとはトンネルの事で、近畿地方の方言なのだそうです。私、地元のくせして方言だとは知らず、全国共通語と思っていました。ねじりとは煉瓦を斜めに積み上げる技法の事で、普通に積むより強度が出るそうです。かつてはこの上を荷物を積んだ船が通っていたので、頑丈に作る必要があったのでしょう。この写真では判りにくいですが、煉瓦が渦巻くように積み上げられていて、きれいな模様を描いています。ここを通るたびに思うのですが、どうやったらこんなふうに積めるのか不思議に感じます。昔の職人さんの技は凄いですね。
Wikipediaによるとねじりまんぽはこのトンネルの固有名詞ではなく、普遍的な技法で全国各地に存在するのだとか。ただほとんどが鉄道用のトンネルで、歩行者用のものはここだけだそうです。間近で見られるのもそう多くないみたいですね。
トンネルの上に掲げられている扁額は「雄観奇想」と書かれており、見事な眺めで優れた技術という意味だそうです。この反対側には「陽気発処」(集中して臨めば何事も成し遂げられる)という扁額が掛けられており、いずれも琵琶湖疎水を発案した京都府知事北垣国道の手に依るものです。また扁額にはこの近くで焼かれていた粟田焼が使われいるとか。
こうした扁額は琵琶湖疎水のトンネルなどの上部に掲げられており、伊藤博文、山県有朋、三条実美など主として明治の元勲達が揮毫しています。琵琶湖疎水が当時の日本に取って、一大事業だった事が窺えますね。春や秋に行われる琵琶湖疎水クルーズに乗れば、見て回る事ができるはずですよ。
早朝散歩に南禅寺を選んだのは蓮の花が見たかったからです。南禅寺の勅使門の前に放生池があり、一面の蓮池になっているのですね。駐車場の裏側になっており、気づく人は割と少ないです。少し遅いかなと思っていたのですが、ぽつりぽつりと咲いていました。ここで一面に咲いているところは見た事が無いので、まあこんなものなのかしらん。しかし、つぼみは沢山上がっていたので、この後見頃を迎えていたのかもしれません。
せっかくですから、早朝の境内を散策して行く事にします。この季節のこの時間帯に来る観光客は無く、ほぼ独り占め状態でした。この景色を一人で楽しめるとはなんとも贅沢な話です。紅葉時分だとこうは行かないのですけとね。
ブログを始めた当時、南禅寺を調べていると、朝の光で撮るのが一番良いとありました。以来何度となく朝に来ていますが、確かに光りの入り具合が良く、爽やかな感じがしますね。それに日中と違って拝観者が居らず、とても静かなのも魅力です。まあ、夕方の光も素敵で、朝だけが良いという訳ではありませんけどね、心静かに楽しめるのは間違いなく早朝です。
いつも混んでいる水路閣周辺も誰も居ませんでした。こういう風景も珍しいですね。
水路閣は琵琶湖疎水の分線の一部、京都市東北部のかんがい、防火用水、水力利用などのために建設された水路です。当初の計画では南禅寺の境内を突っ切るのでは無く、山中をトンネルで抜けるはずだったのですが、予定地に亀山天皇の御分骨が埋まっている事が判り、急遽ルートを迂回させる事になったのでした。しかし、そうすると南禅寺の境内が谷間になってしまうので、水を通すには水路閣を作らざるを得なくなってしまったのですね。やむを得ない事とは言え、由緒ある寺の境内に巨大な施設を作ることには反対も多く、すんなりとは行かなかった様です。もっとも京都市民の多くは稀代の大工事に興味津々で、工事中は大勢の見物人が絶えなかったのだとか。
水路閣は今でも水が流れている現役の施設です。ただし、当初の目的だったかんがい、防火、水力等は必要なくなり、この先にある扇ダムで大半の水が余水吐けに流れ出ています。東山高校と永観堂幼稚園の間にある、結構勢いよく流れている水路がそうですね。この水は野村碧雲荘の池などに引き込まれた後は南禅寺船溜まりで疎水本線に合流し、下流へと流れていきます。残った水はまたトンネルに入り、哲学の道の入り口にある若王子取水場で開水路となって、哲学の道の水路へと続いています。つまり、本来の目的には無かった修景用の水が流れていると言う事ですね。
出来た当時は煉瓦の色も新しく、相当な違和感があった事でしょうね。でも完成(明治21年 1888年)から130年以上が経過し、煉瓦も良い感じに古びて、すっかり景観に溶け込んでいます。今では南禅寺の一番人気の観光名所となっており、常に大勢の人でにぎわっているのはご存じの通りです。
8月になりましたが、青紅葉もまだ瑞々しさを保っていますね。朝の光だから余計にそう感じるのでしょうか。写真では判りませんが、朝から蝉時雨が賑やかでした。昔だったら蝉取りの子供たちがうろうろしていたでしょうけど、今はそういう姿は見なくなりまたね。少子化という事もあるでしょうけど、虫取りよりスマホで遊ぶ方が面白いのかな。それとも、暑すぎて親が外に出さないとか。夏休みの朝の景色もすっかり変わってしまいましたね。
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