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2024年6月12日 (水)

京都・洛西 初夏の境内散策2024 ~妙心寺 6.11~

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妙心寺がある地域は花園と呼ばれます。かつては公卿の邸宅が建ち並び、お花畑があって文字通り花が咲き乱れる地だったのだとか。妙心寺の前身はその邸宅の一つ、花園法皇の離宮でした。法皇は禅に傾倒し、宗峰妙超禅師に参禅して悟りを得、印可を授けられたと言いますから、その信心たるや相当なものですね。花園法皇は離宮を禅寺に改めようと考え、宗峰妙超禅師の弟子、関山慧玄禅師を開山に迎えて妙心寺を開きました。時に1337年、建武4年の事でしたから、後醍醐天皇による建武の中興が綻びを見せ始めた頃ですね。

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その後寺は順調に発展を遂げますが、1399年(応永6年)に大内義弘が幕府に対して起こした反乱、応永の乱の時、当時の住持であった拙堂宗朴禅師が義弘との関係を疑われたために寺領を没収され、ここに一度法統が途絶えてしまいます。寺領が返還されたのは三年後の事で、日峰宗瞬禅師が妙心寺を中興しました。

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その後も妙心寺の法難は続きます。1467年に起こった応仁の乱に巻き込まれ、堂塔伽藍がことごとく焼失してしまったのですね。再建が始まったのはその10年後、雪江宗深禅師が後土御門院から妙心寺再興の綸旨を受け、復興に着手しました。

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妙心寺が発展を遂げるのは1509年(永正6年)の事で、利貞尼という人が土地を買い集め、妙心寺に寄進したのですね。現在の広大な境内はこの時に出来上がったとされます。ちなみに利貞尼は関白一条兼良の娘にして美濃の豪族斉藤利国の妻で、利国の死後その菩提を弔うために妙心寺の住持であった悟渓宗頓禅師に師事して出家し、私財を投じて妙心寺に尽くしたのですね。

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現在の妙心寺の境内は約10万坪、甲子園8個分に相当します。戦国から江戸期にかけて大名たちによる塔頭寺院の建立が相次ぎ、現在でも46の塔頭が存在します。これほどの規模を持つ寺は京都では他にありませんね。明治期には廃仏毀釈や上地令などにより境内地の20%を失ったとされますが、それでも現在の規模を保っているのは余程上手な運営を行って来たのでしょう。

妙心寺には何度か訪れていますが、塔頭が多すぎて未だに把握出来ているのはごく一部です。常時拝観出来るのは妙心寺の法堂と庫裏、塔頭の桂春院と退蔵院だけですね。大雄院は日時限定での座禅体験(要予約)、大法院は毎年春と秋に特別公開が行われます。昨日紹介した東林院も沙羅双樹の花を愛でる会など年に何度か公開されますね。他の塔頭は京の夏の旅、冬の旅での特別公開の対象となる事があるので、チャンスがあれば訪れてみてください。

ここに掲げた写真の様に妙心寺は周辺の環境とは別世界で、境内を歩くだけでも日常を離れた風情を感じる事が出来ますよ。

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