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2024年5月12日 (日)

京都・洛北 日本仏教の母山2024 ~比叡山延暦寺 5.5~

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ガーデンミュージアム比叡の次は延暦寺に来ました。ここは仏教の聖地、いつ来ても厳粛な空気が漂い、背筋が伸びる場所です。

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ここで必ず行うのが平和の鐘を撞く事。最近はもっぱら息子の役目になっていますが、ずっと50円だったのが100円になっており、ちょっと慌てる事になってしまいました。手持ちの小銭に50円玉しかなく、100円玉が無かったのですよね。

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延暦寺に来て最初にお参りするのが大講堂。僧侶が修行、学問を行う場です。その象徴がここで5年に一度行われる法華大会広学堅義という問答です。普段の修学の成果を幹部の僧侶が修行僧に問いかけるのですが、これがとても現代で行われているとは思えない、平安時代さながらの進行で展開されるのだそうですね。司馬遼太郎さんが書かれた「街道を行く」でその様子が活写されているのですが、千年前にタイムスリップした様でなんとも興味深いものです。一度その様子を見てみたいと思うのですが、天台宗の秘儀であり、一般人が興味本位で立ち会いが許されるはずも無く、大講堂を眺めながら司馬さんの作品を読み、想像をたくましくするしか方法は無いでしょう。

もう一つ、このお堂に入って圧倒されるのは、日本仏教界を代表する巨人たち、法然、親鸞、栄西、道元、日蓮、一遍など錚々たる人物の木像が並んでいる事です。このうちどの一人を取っても分厚い思想史が書けるくらい歴史の中に大きな足跡を残していますが、これら全ての人たちが延暦寺で修行を行っているのですね。今も日本に残る主な宗教が、ことごとくここから派生しているという事実から、比叡山は日本仏教の母山と呼ばれています。

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延暦寺の総本堂にあたるのが根本中堂、現在全面的な改修作業中です。予定では10年、今年で8年目ですから、完成までには後2年ですね。改修は相当程度進んでおり、いま入り口から入るといきなり外陣の中央、ご本尊の正面に出ます。それ以外の部分は作業中と言う訳で、8割程度は手が付けられているのでしょう。作業の進捗が見学出来るステージからは本堂と回廊の屋根の現状が見られるのですが、共に葺き替えは終わっている様に見えました。特に本堂の屋根の銅板葺きはまさに銅色で、緑青色だった改修前と全く違っており、これが本来の色だったのかと興味深かったです。これから本堂の中心部に取りかかるのでしょうけど、拝観はどうするのでしょうね。さすがに中止にしないと無理ではないかと思うのですが、さてどんな方法を採るのでしょう。二年後に完成した姿を見に来るのが楽しみです。

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根本中堂の拝観が終わったら、以前なら息子と連れだって西塔まで歩いたのですが、足腰の弱った今は途中の石段がきつく、息子のペースについて行けなくなったので止めておきました。昔は幼かった息子の手を引いて行ったのですけどね、今は立場が逆転してしまっています。頼もしくなったと思う反面、自分が情けないという気持ちもあり、複雑な気分ですね。

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西塔の代わりに訪れたのが阿弥陀堂と法華総寺院東堂です。右の阿弥陀堂は阿弥陀如来をお祀りするお堂で、壇信徒の先祖の回向・供養を行う道場です。一般の人でも回向・供養はしてくれるのだとか。ここの阿弥陀様は丈六の大きなもので、迫力がありますね。

一方、法華総寺院東堂は伝教大師が日本に六つの宝塔を建設し、日本を護るという計画を立てられたのですが、その中心となるのがこの塔です。信長の焼き討ちの時に焼失し、長く放置されていましたが、昭和55年に再建されました。二重の塔ですが、多宝塔とはまた違う形をしており、他ではあまり見ない形式の塔ですね。

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東堂に行く途中に聳えているのが戒壇院。正式な僧侶の資格を与える大事な儀式の場で、僧侶でも授戒の時に一度だけ入れるという特別な場所なのだそうです。延暦寺の創建当初はこの戒壇院が無く、せっかく修行を終えても僧侶の資格を得るには南都に行くしかなかったため、戒壇院を持つのは伝教大師の悲願でした。そして何度も朝廷に掛け合い、ようやく許しを得たのですが、戒壇院が出来る前に伝教大師はお亡くなりになりました。さぞ無念だったのか、それとも許しを得た事で安心されたのか、どちらだったのでしょうね。

道沿いの高台にぽつんと建っているからか訪れる人は少なく、外人さんだけが来ていましたが、どういう意味を持つ施設か判っていたのかな。外国のガイドブックにどう書かれているのか聞いてみたいですね。

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